未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

現代ほど辞書が読まれるべき時代は無い

Shooting an Elephant: And Other Essays (Penguin Modern Classics)

Shooting an Elephant: And Other Essays by George Orwell (Penguin Modern Classics)

 

小ネタ記事。

言いたいことはタイトルの通り。

 

最近よく読んでいるBook Riotというサイトで、ジョージ・オーウェルのエッセイを引用しながら「ポスト真実」時代の辞書の重要性を語る記事があって面白かった。

 

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地獄では死が希望になる - イーユン・リー初エッセイ本

Dear Friend, From My Life I Write to You in Your Life

Dear Friend, from My Life I Write to You in Your Life by Yiyun Li

 

「あなたの気持ち、分かるよ」

「あなたのためを思って言っている」

「ネガティブに考えないでいい事に目を向けて」

 

そんな言い方をされて、嬉しくなるのではなく、イラっとしたり不快になった経験がある人は、イーユン・リーの本を気に入るかもしれない。本書"Dear Friend, from My Life I Write to You in Your Life"の中で、入院した病院のメンタルヘルスワーカーと彼女は次のようなやりとりをする。

 

どうして泣いていたの?
Why did you cry today?

 

悲しくて、と私は言った。
I'm sad, I said.

 

それはわかっている。私が知りたいのは何があなたを悲しくさせるかよ。
We know you're sad. What I want to know is, what makes you sad?

 

私を悲しみの中にそっとしておいてくれませんか?私はそう言った。
Can’t I just be left alone in my sadness? I said.

 

1972年に中国で生まれて現在はアメリカで暮らす小説家であるイーユン・リーは、管理人にとっては大好きな作家のひとり。以前に短編を紹介したり、2016年の初来日時には川上未映子とのトークイベントに行ったりもした↓ 

 

 

目次

  • アンチ自伝作家
  • 死でさえ希望になる地獄
  • 孤独になってもよいという「優しさ」
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【和訳】Chanel by Frank Ocean

 

https://images.genius.com/724b477cac0ff58e63bdd0b8317b608f.1000x1000x1.jpg

フランク・オーシャンが今月(2017年3月)発表した新曲「シャネル」の歌詞を勝手に対訳した。

 

彼のBlond(e)というアルバムは「両義性(ambiguity, duality)」がテーマ、と以前の記事で書いたけれどこの曲もその延長線上にある。

 

'See on both sides like Chanel'というキーラインが、「両面を見る」という意味もあるし、'C' on both sidesという意味で左右対称のCをあしらったシャネルのロゴにもかかっているし、「どっちでもいける」という意味でツイッターなどではバイセクシャルのアンセムとも語られている。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/9/92/Chanel_logo_interlocking_cs.svg

 

時計の音か心臓の音のようなこの曲を、フランク・オーシャンはアップルミュージック内の自身のラジオプログラムで18回連続で再生してお披露目した。

 

 

原詞と注釈はラプジを参考にした。言葉遊びみたいなフレーズも多いので、訳の正しさは一切保証しない。

 

ではどうぞ。

 

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現実ばかりがリアルじゃない - 4321 by Paul Auster あと、騎士団長殺し by 村上春樹

4 3 2 1: A Novel

Paul Auster - 4 3 2 1: A Novel

 

20世紀最初の日、東欧からひとりの移民が大西洋を渡った。ニューヨークのエリス島で入国の受付を待つ間、ロシア人の仲間が話しかけてくる。ここでは名前を変えた方がいい、アメリカでの新しい人生のために、新しい名前を名乗れ、ロックフェラーというのがいいぞ。

 

"Your name?"入国管理官に名前を訊かれた彼は焦る。さっき聞いた名前は何だったろう。苛立ったまま、彼はイディッシュ語で"Ikh hob fargessen!"I've forgotten/忘れちまった)と答えた。こうして、"Ichabod Ferguson"(イカバー・ファーガソン)という新しい名前で彼のアメリカでの人生が始まった。2017年1月に発売されたポール・オースター7年振りの長編小説'4321'の最初のエピソードである。

 

この記事では、ポール・オースターと親交もある村上春樹が2017年2月に同じく7年振りに発表した長編小説「騎士団長殺し」も絡めて同書を紹介する。どちらについても、小説内で何が起こるかのネタバレはほとんど無いけれど、小説の構成、そして、何が説かれているかには言及する。予断を持ちたくない方は読まない方がいいかも。

 

ちなみに、上記の最初のエピソードをポール・オースター本人が朗読している動画がweb上で公開されている。

 

ではどうぞ。

目次:

  • アーチー・ファーガソンのバージョン違いの4つの人生
  •  
  • 現実ばかりがリアルじゃない
  • 起こった事と起こらなかった事
  • 幻とのつきあい方
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データが正義を殺すとき。'数学'破壊兵器とは - Weapons of Math Destruction by Cathy O'Neil

2018/5/9 追記

Weapons of Math Destruction: How Big Data Increases Inequality and Threatens Democracy

Weapons of Math Destruction: How Big Data Increases Inequality and Threatens Democracy

 

コンピュータは人を差別するだろうか?

 

本書"Weapons of Math Destruction: How Big Data Increases Inequality and Threatens Democracy"('数学'破壊兵器:ビッグデータはいかに不平等を助長し民主主義を脅かすか)は、人間の主観に頼らず客観的で中立的な分析を目指したはずのデータ活用に潜む罠を提起する。

 

データサイエンティストである著者のキャシー・オニールは根っからの数学オタク。ウォール街の金融機関でクオンツとしてはたらいていたが、リーマンショックとその後始末を経験して、数学モデルがなぜ不正義に加担してしまうかを考え始めた。

 

目次

  • 人間に頼らない司法判断
  • WMDはチューニングされない
  • フェアネスの価値はどれぐらい
  • 教科書にないブラック英単語講座:clopener
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ぼくのかんがえた2030年 - 日本と欧州がイスラム圏に加わって米露中と対峙する日

Letters to a Young Muslim

 

 

書評とあんまり関係ない、ただの思いつきのネタ。

 

'ちきりんの日記'の「日本はムスリム・フレンドリーな国になって留学生や観光客を引きつけるべき」という主旨の連載記事を読んで思ったのだけど、

 

最近のトランプ政権の、ロシアとエネルギー生産国ブロックを作って中東と対立しそうな勢いの動きとか、

 

マーシャル・プランとかから続く70年間の多国間主義を捨てて「外国で何が起ころうと知らん」という方針を見ていると、

 

ムスリムの留学生や観光客を引きつけるどころか、

もっと振り切って

「日本もいっそイスラム圏の国になるのが理に適っているんじゃないか?」

と思ってしまった。

 

そして、そこに「ヨーロッパの重心を南に移すこと」(ミシェル・ウェルベック「服従」より)を図った欧州の国が合流したらおもしろそう。

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