未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

戦争はいつも海の向こうで始まるか - American War by Omar El Akkad

American War (English Edition)

Omar El Akkad - American War

 

2017/07/17 初出

2017/08/25 日本語版発売につき更新

オマル・エル=アッカド「アメリカン・ウォー」として2017/8/29発売

 

2074年、第2次南北戦争勃発。

 

本書Amrican Warは、中国とイスラムが2大勢力となった20世紀後半の世界での没落したアメリカを舞台にした小説だ。主人公である6歳の少女サラ・チェスナットは父親を失い、残された家族とともに難民キャンプで育つ。やがて、ある出来事をきっかけに彼女は自ら内戦に身を投じる・・

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ちょっと今から人間やめてくる -「すごい物理学講義」とホモ・デウスの話

Reality Is Not What It Seems: The Journey to Quantum Gravity

Carlo Rovelli - Reality Is Not What It Seems: The Journey to Quantum Gravity

すごい物理学講義

カルロ・ロヴェッリ - すごい物理学講義

 

人間が人間であることはなんてすばらしくて、人間が人間でしかないことはなんてショボいのだろう。

 

以前「未来が見える未訳本カタログ2017」という記事で紹介したイタリアの理論物理学者カルロ・ロヴェッリの著書"Reality Is Not What It Seems"、その日本語版「すごい物理学講義」を読んだ。この記事はその感想。

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ミチコ・カクタニと、ルー・リードの、テジュ・コールのニューヨーク

オープン・シティ (新潮クレスト・ブックス)

目次

  • ミチコ・カクタニについて
  • イントロ訳:ルー・リードへの追悼文 
  • イントロ訳:テジュ・コール「オープン・シティ」のレビュー
  • おわりに

 

ミチコ・カクタニについて

Michiko Kakutaniという人がいる。日系2世の米国人である彼女は、おそらく英語圏では世界一有名な書評家のひとりだ。1998年にピュリッツァー賞の批評部門を受賞し、2017年の1月には退任を間近に控えたバラック・オバマへインタビューを行い大統領に読書遍歴(と作家としての遍歴!)を尋ねている。

 

その彼女が、40年近くに渡り務めたニューヨークタイムズの書評担当チーフを2017年7月で退任することが先月発表された。幾つものWebメディアがこれをニュースとして取り上げている。Vanity Fair誌は辛口で知られる伝説的な批評家の退任を「世界の作家たちは今夜はより安心して眠れるだろう」と伝えた。

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ジョブスがいればiPhoneが生まれるか - The One Device by Brian Merchant

The One Device: The Secret History of the iPhone (English Edition)

The One Device: The Secret History of the iPhone

 

スマホかセックス、あきらめるならどちらにするか?

 

米国のIT企業Delvvが「3ヶ月スマホを使えないのと同じ期間セックスができないのとどちらを選ぶか」を18歳以上の男女に尋ねたところ、約3割がセックスをしない方を選ぶと答えた。

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ゆるふわギャングと好奇心

Mars Ice House

ゆるふわギャング - Mars Ice House

 

 

書評じゃない番外記事。

 

"Escape To The Paradise"という曲を聴いて以来、ゆるふわギャングが好きだ。おっさん向け音楽雑誌とかにありそうな言い回しをすると、これって「2017年の'ナイトクルージング'」なんじゃないかと思う。

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ドイツ映画「ありがとう、トニ・エルドマン」が描くグローバルビジネスというサブカルチャー。そして、ラストダンスは私に

【映画パンフレット】 ありがとう、トニ・エルドマン 監督 マーレン・アーデ キャスト ペーター・シモニスチェク サンドラ・フラー


【予告編】映画『ありがとう、トニ・エルドマン』

 

2017年のアカデミー外国語映画賞にもノミネートされたドイツ映画「ありがとう、トニ・エルドマン」がめちゃくちゃ良かった。

 

簡単にあらすじを説明すると、グローバル企業でキャリアを重ね故郷のドイツを離れてルーマニアで働く娘のイネスの職場に、イタズラ好きな性格の父が予告もなく尋ねてくる。一度は追い返されるが、謎のカツラと入れ歯で変装した父は「トニ・エルドマン」と名乗ってイネスが行くところに神出鬼没で現れる・・

 

本作の中心にはユーモアと親子の愛があって、映画館で何度も声を出して笑ったし、泣きもした。親父ギャグのウザさも、子を想う父の愛も万国共通だ。ただ、この記事ではユーモアにも親子愛にも触れない。この映画には単なる父と娘の人情ストーリーに留まらない多層的な広がりがあって、そっちを語りたい。

 

具体的には、この映画のグローバル・ビジネスの描き方のリアルさと、人生で何に時間を使うべきかという本作のテーマについてである。ではどうぞ。

 

  • グローバルビジネスという「サブカルチャー」
  • 現代人の裁断された時間
  • 自分にとってのラストダンス
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想像力は無限ではない? ファスト&スローを書かせた理論と友情 - The Undoing Project by Michael Lewis

2017/01/22 初出

2017/07/07 日本語版発売につき更新

マイケル・ルイス「かくて行動経済学は生まれり」として2017/7/14発売

The Undoing Project: A Friendship that Changed the World

The Undoing Project: A Friendship that Changed the World

ある男がいたとする。彼は90歳近い高齢で、癌が全身に転移している。助かる見込はないと考えた医師と家族は手術などの措置を断念しており、既に意識がはっきりしない状態にある。さて、次のどちらが起こる可能性がより高いだろう。

 

(A)彼は1週間以内に亡くなる

(B)彼は1年以内に亡くなる

 

Aと思ってしまうかもしれないが、「どちらが起こる可能性がより高いか」という質問なら、彼の病状にかかわりなく答えはBになる。1週間以内に亡くなる確率は1年以内に亡くなる確率の一部で、ベン図にするとAの事象はすっぽりとBの事象に収まるからだ。でも、直感ではAが正しいように思える。

 

これは「連言錯誤」(Conjunction Fallacy)と呼ばれる認知バイアスのひとつ。この例はもしかすると「問題の出し方が悪い」とかツッコミを入れられるかもしれないけれど、特徴的な言葉がストーリーとして並んでいると、人間はそれに引っぱられて基本的なロジックを無視してしまう。

 

「マネー・ボール」などの著作があるマイケル・ルイスによる本書"The Undoing Project"は、こうした認知バイアス研究の先駆者であるイスラエル出身の心理学者ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーの評伝だ。

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