未翻訳ブックレビュー

Lost-In-Translation Book Review. 日本語版発売を待たずに本を紹介するページです

これも愛 - The First Bad Man by Miranda July

The First Bad Man: A Novel (English Edition)

The First Bad Man: A Novel
作者: Miranda July
発売日: 2015/01/13

 

“I just call it my system."

ミランダ・ジュライの小説”The First Bad Man"の主人公Cheryl(シェリル)は、自分の生活スタイルを「システム」と呼ぶ。

 

人は沈んだ気分になると皿洗いも面倒になってシンクに皿が積み上がる。だったら初めから皿の数を減らそう。本棚から取り出して散らばった本を元の位置に戻すのは大変な労力なので、本棚のすぐそばで読書をしよう。いや、そもそも本なんか読むのをやめよう。一人暮らしの彼女は身の回りのものを最小限にしたシステムを築き、妄想の中に生きる。想像上の理想の赤ん坊をKubelko Bondy(クベルコ・ボンディ)と名付け、いつかその子とめぐり会うという運命を信じながら・・

 

40代半ばのシェリルは、女性向けに護身術を教える団体ではたらいている。もともとはNPOだったが、今は護身術とエクササイズを組み合わせたDVDを売って稼いでいる団体だ。ある日、職場のボスであるフィリップが、20歳になる娘のClee(クリー)をシェリルの家で預かってくれないかと持ちかけてきて、彼女は承諾する。しかも無償で。シェリルは善人で、そして孤独だ。*1

 

On Miranda July

本書は今年2015年の1月に発表されたミランダ・ジュライの初長編小説だが、彼女のクリエイターとしてのキャリアは長い。

 

監督・脚本・主演の映画"Me and You and Everyone We Know”(「君とボクの虹色の世界」)で2005年にカンヌ映画祭のカメラ・ドールを受賞し、処女短編小説集”No One Belongs Here More Than You.”は米国でフランク・オコナー国際短編集を受賞している。なお、同書の日本語版「いちばんここに似合う人」(岸本佐知子訳)は「キノベス!2010」の第1位に選ばれている。 *2

 

映画監督や作家だけでなく、アート・パフォーマンスやアプリ製作を行うなど、彼女の活動の幅は広い。インディーバンドのPVに出演したり、謎の動画をアップしたりもしている。*3*4

 

ミランダ・ジュライの小説には奇妙な人物ばかり登場する(「イタい連中」と言い換えてもいい)。上述の短編集の登場人物たちが繰り広げる愛?の形も様々だ。友人の妹との恋を妄想する、一度も恋愛経験のない独身老人男性。洗面器に水を張って近所の老人に泳ぎ方を教える女。「死ぬ前にこれだけはお前に伝えておきたい」と、女性を満足させるための指遣いをに教えて息をひきとる父。これも愛、あれも愛、たぶん愛、きっと愛・・*5

 

Cheryl and Clee

本書"The First Bad Man"の登場人物たちも例に漏れずエキセントリックだ。シェリルはクリーを預かり、二人の共同生活が始まるが、シェリルが守ってきた「システム」をクリーはぶち壊す(ただの居候なんだけど・・)。クリーは部屋を掃除せず、風呂にも入らない。会話の中でシェリルがクリーに気を遣って笑っていたら、「何がおかしいの」といきなり真顔になってシェリルの胸ぐらをつかむ。なにこれ、どういう状況?シェリルは混乱する。(”What was the name of the situation I was in? What category was this?")

 

次第に、登場人物たちの関係はどんどんねじれた(twistedな)ものになっていく。シェリルとクリーのバイオレントな関係は、なぜか、シェリルの団体が売る護身術DVDのシナリオを二人で演じる仲に発展する。シェリルは、クリーの父親であり自分のボスであるフィリップになってクリーを誘惑するという妄想をする。フィリップ(60代)は知り合いの16歳の少女と関係を持ってもよいものかというシェリルに相談する。シェリルとクリーの間には、想像上の運命の子クベルコ・ボンディの化身だとシェリルが信じられる存在が授かる。

・・って書いていてもあたまが痛くなりそうだ。なお、ここまで書いても映画の予告編程度にしかネタバレしていないと思う。

 

"Improbable loves"

一体なぜ、ミランダ・ジュライはこんなに何重にもねじれた人物や状況を描くのだろう。

 

幼児が絵の具を何色も混ぜ合わせて遊んでいるうちにグロテスクな色ができあがるように、ただ興味の向くまま書いているだけなのだろうか。

 

むしろこれは、化学の実験のようなものなのかもしれない。未知の試料を光や熱に反応させて対象物質Xの成分や構造を同定するように、「愛」だの「家族」だのといった対象Xを様々な条件にさらして、その性質を見極めようとしているのかもしれない。男女の場合と同性同士の場合とで、発生する恋愛感情に差異は検出されるだろうか。性愛と恋愛の分離は可能だろうか。孤独な人間が何かを求めるのが愛だとすれば、対象が人間でなくても愛を観察・測定可能だろうかetc..

 

実験を重ねるマッドサイエンティストは、公共ラジオ局NPRのインタビュー内で、本書中の次の一節を自ら朗読している(日本語は拙訳)。

"We had fallen in love; that was still true. But given the right psychological conditions, a person could fall in love with anyone or anything. A wooden desk—always on all fours, always prone, always there for you. What was the lifespan of these improbable loves? An hour. A week. A few months at best. The end was a natural thing, like the seasons, like getting older, fruit turning. That was the saddest part—there was no one to blame and no way to reverse it."

「私たちは恋に落ちていた。それは確かだ。けれども、一定の心理的な条件があれば、人は誰とでも何とでも恋に落ちるのではないだろうか。例えば木製の机。四本足でうつ伏せになったまま、いつだってあなたのためにそこにいる。ありそうもないこうした恋愛はどれぐらい続くのだろう。一時間、一週間、長くても数ヶ月か。終わりが来たのは自然な事だった。季節が変わる、年をとる、果物が熟する、それらと同じようなものだ。最高に悲しいけれど、誰も責められないし、覆す方法はなかった。」

 

ミランダ・ジュライ著”The First Bad Man”はAmazon.comの月間ベストブック(2015年1月)などにもランクインした小説。日本語版の発売予定は不明。

 

*追記:本作のタイトルの意味について別記事をまとめたのでこちらも是非どうぞ

 

*1:"Be good and you will be lonely.” - Mark Twain

「 善く生きなさい。そうすれば孤独になれる。」 - マーク・トウェイン

 

*2:アマゾンのレビューなどでも指摘されているが、"No one belongs here more than you."という原題は次の2つの意味に取れる。

①「あなた以上にここに属している人はいない」→「いちばんここに似合う人」

②「あなたの他にここに属している人はいない」→「ここにはあなた以外だれもいない」 

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

 

 

*3:Blonde Redhead “Top Ranking”. 

ボーカルは日本人女性カズ・マキノ。監督はミランダ・ジュライの夫マイク・ミルズ。

Blonde Redhead - Top Ranking - YouTube

 

*4:2008年にVICEにアップされた、本人作・出演による”HOW TO MAKE A BUTTON.”

ボタンができるまでを教えてくれるミランダお姉さん。ふつうのレストランを指差して、「ここはボタン工場よ!名前は”Le Petit Beaujolais(ボジョレー)”。ボジョレーはフランス語でボタンって意味よね!」とでたらめを言いながらお店の中に入っていく・・


Miranda July / How to Make A Button - YouTube

 

*5:松坂慶子「愛の水中花」より引用。作詞は五木寛之。この動画とってもILLでSICK..


松坂慶子 - 愛の水中花(レオタード姿).mpg - YouTube