未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

【続き】悪人って誰? - The First Bad Man by Miranda July

ひとつ前のエントリ↓で紹介したミランダ・ジュライの小説"The First Bad Man"についての余談。このタイトルが何を意味するかについて。 

 

彼女が以前出した短編集"No one belongs here more than you.”は、複数の意味に取れるタイトルになっている。同書の日本語版には「いちばんここに似合う人」という訳がついているが、この原題は「ここにはあなた以外誰もいない」という意味にも取れて、孤独な人間が居場所を探すという短編集全体のテーマを象徴するタイトルになっている。

 

同じように、直訳すると「最初の悪い男」を意味する”The First Bad Man”という本書のタイトルも、何かを象徴しているのだろうか。

 

小説の中に、この言葉が直接出てくる場面がひとつだけある。

 

40代・独身・妄想癖ありの本作の主人公シェリルと、彼女のボスの娘であり彼女の家に居候している20代・独身・性格粗暴のクリーが、女性向け護身術DVDのシナリオを一緒になってマネして演じる場面だ(なんでそんな事しているのかは省略。というかよく判らん)。そのシナリオには強盗が3人登場し、クリーは特に説明なく3人をひとりで演じ分けるので、シェリルは混乱して尋ねる。

 

「いま誰を演っているの?」(”Which one are you?")

「一人目の男よ。」(”I’m the first man,” she said.)

「デニムのヤツ?」(”The one in denim?")

「最初の悪いヤツ。」(”The first bad man.")

 

それを聞いたシェリルは、まるでクリーは「静かな町にやってきて、あらゆる種類のトラブルを起こして、またすぐに去っていく悪人」のような存在だと考える。

 

この小説の中で、シンプルでミニマムな一人暮らしを続けてきたシェリルの世界は、クリーの登場によってぶち壊される。妄想の中に生きてきたシェリルは自分が制御できない存在やイベントの連続に立ち会って変化を迫られる。

 

The first bad manというタイトルは、こうした不可逆的な変化をもたらす闖入者の存在を象徴しているようだ。ここでの”man”は男性というよりはhumanを指している。本作ではシェリルにとってのクリーがその存在だが、個人の人生に現れる存在だけでなく、コロンブスでありピサロでありコルテスetc.もthe first bad manかもしれない。いや、禁断の実を食べてエデンの園を追い出されたアダムとイブがthe first bad manなのだ、みたいな、ステキっぽいけど何も言ってない言い方もできそうだ。

 

この言葉には何か元ネタがあるのだろうか。ググってディグってみると、”The First Bad Man”という1955年に製作された同名短編アニメが出てきた。

 

これが元ネタなのか、ミランダ・ジュライがそもそもこのアニメを知っているのかは不明なのだが、このアニメは日本でもトムとジェリーの本編の合間に「悪人の誕生」というタイトルで放送されていたようだ。Wikipediaには以下のようにあらすじが書かれている。

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悪人の誕生 - Wikipedia

高層ビルの立ち並ぶ都会である米国テキサス州ダラス市は100万年前から栄えており、現代に準じる施設やインフラの整う町であった。人々は現代とはいささか異なる風習ながらも平穏な生活を送っていた。そんな町に突如、馬ならぬ恐竜にまたがった悪人(ゴジラ・キッド)が登場し、狼藉の限りを尽くす。果たして町の人々と捕物になるが、西部劇さながらの激闘の末、山の中にある洞窟へ追い詰められ、人々によって山が削られ、そこが世界最初の悪人を閉じ込める牢屋になったというお話である。

最後は、現代のダラスに残る牢屋で、「いつになったら出してくれるんだ」とボヤくゴジラ・キッドを映して幕となる。 

 

あらすじを読んで思った。うーん、シュールだ。

実際のアニメを俄然観てみたくなったので検索してみると、Youtubeにあがっていた。

(2018.8.19追記。動画は無くなっていた)

 

動画を見て思った。うーん、シュールだ。

何を伝えたいアニメなのかよくわからなかった。「悪者がもつ孤独がみんなわかるかい?」ってことだろうか。

 

さて、ミランダ・ジュライが本作について別の女性作家(カナダのシェイラ・ヘティ)と対談した動画がアップされているのだが、その中で、こんな質問が飛んでいた。

 

「全ての女性が、彼女たちの性や空想を壊したり舵取りをする最初の悪人を持っているのでしょうか?」("Do all women have a first bad man, one who wrecks them or steers the course of her sexual life or fantasy life?”)

 

少し考えた後、彼女は、「firstって言っても、実際はもっといっぱいいるかもね。」("I guess the first implies like there may be more of them too.”)と答えていた。おっしゃる通りで。。

www.youtube.com

 

The First Bad Man: A Novel (English Edition)

The First Bad Man: A Novel (English Edition)