未翻訳ブックレビュー

Lost-In-Translation Book Review. 日本語版発売を待たずに本を紹介するページです

人類さん、ソーシャル過ぎません? - 2018年に読んだ本から

The Enigma of Reason: A New Theory of Human Understanding 知ってるつもり――無知の科学

情報戦争を生き抜く 武器としてのメディアリテラシー (朝日新書) The Fifth Risk: Undoing Democracy 

Factfulness: Ten Reasons We're Wrong About The World - And Why Things Are Better Than You Think FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

 

この記事で言いたいこと

人間の理性は、「ハイパーソーシャル」な特殊環境で他人を説得するために進化したニッチな能力だ。そこには集団で不合理な決定をしてしまうという負の側面がある。そして、ソーシャル過ぎるメディア環境では、事実を重視する「ファクトフルネス」が重要になるのではないだろうか。

目次

 

前の記事と同じく、年間ベスト本紹介の注釈として書くつもりだった小ネタがどんどん膨らんでしまったので、独立した記事にする。

 

「ハイパーソーシャル」というキーワードから数珠つなぎで以下に紹介する本は、どれも2018年に読んで面白かったノンフィクションだ。

 

「理性の謎」「知ってるつもり」

「ハイパーソーシャル」とは、認知科学者であるユーゴ・メルシエとダン・スペルベルによる"The Enigma of Reason"(理性の謎)に出てくる言葉である。

 

*参考過去記事(同書は2018年12月現在、未訳)

 

人間の理性(Reason)とは、どの生物も身につけるべき汎用的な合理性や論理性、ではない。暗い環境で生きるコウモリが超音波を使うように、特殊な環境で役立つように進化したニッチな能力だ。これが同書の仮説である。

 

その特殊な環境とは、集団での協力、つまりソーシャルな環境のことだ。人間を他の動物と分ける特長は、見ず知らずの他人とも社会的に協力できること。そんな環境を同書は「ハイパーソーシャル・ニッチ」と呼ぶ。人間の理性の主な機能は、他人を説得できるように、自分の意見を正当化し、他人の意見を評価する機能だ。

 

でも、この機能には負の側面がある。集団の中で正当化されたからといって、ある意見が本当に正しいのかどうか、実は保証されていない。会議で満場一致で合意した方針が実は誤っていた、なんてことはよくある。ガリレオは地動説を唱えてカトリック協会から有罪判決を受けた。

 

スティーブン・スローマン&フィリップ・ファーンバック「知ってるつもり 無知の科学」は、個人の知性と社会の知性の関係に迫る一冊だ。同書は、集団で合議を行う場合に不合理あるいは危険な意思決定が容認されるパターンについて紹介する。

 

知ってるつもり――無知の科学

知ってるつもり――無知の科学

  • 作者: スティーブンスローマン,フィリップファーンバック,橘玲,土方奈美
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/04/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログ (4件) を見る
 

 

私たちは、自分の頭の中と他人の頭の中を簡単に混同する。同書は、個人が自分の知識レベルについて過大評価する傾向を明らかにする。だから、自分にはあまり知識がない問題にも、強い意見を表明できる。

 

そして、集団で合議を行うことは「互いにわかっているという感覚を助長」する危険がある。「グループシンク」(groupthink/集団思考/集団浅慮)と呼ばれる概念だ。それは「蜃気楼のような意見」を作り、「コミュニティのメンバーは互いに心理的に支え合うが、コミュニティ自体を支えるものは何もない」状態を生むと同書は紹介する。

 

「情報戦争を生き抜く」「第5のリスク」

さて、ここまでをまとめると、

  • 人間の理性は、社会的な協力という特殊な環境への適応である
  • 社会的な協力には集団で不合理な決定をしてしまうという負の側面がある 

という話だ。

 

で、ここで私が想像するのは、

  • もし環境が変わって、社会性の強さという適応が、負の影響ばかりもたらすようになったら、人類さん、どうするんだろう?

という疑問である。

 

ただし、環境と言っても、自然環境や生物学的な進化といった話は何百万年とかのタイムラインの話になると思うので、ここでは、技術環境やメディア環境といった話をイメージしている。

 

たとえば、津田大介「情報戦争を生き抜く 武器としてのメディアリテラシー」が紹介しているリサーチ*1によると、ソーシャルメディア上でシェアされる記事の信頼度は「どのメディアが発信しているか」よりも「誰がそれをシェアしているか」に左右されるという。自分が一度信じたあの人が流す情報は本物だ、という先入観が生じるのは、人間の社会性が「強すぎる」から起こる弊害ではないだろうか。

 

情報戦争を生き抜く 武器としてのメディアリテラシー (朝日新書)

情報戦争を生き抜く 武器としてのメディアリテラシー (朝日新書)

 

 

また、ドナルド・トランプ政権下の行政の現場を描くマイケル・ルイス"The Fifth Risk(第5のリスク)"は、現代のメディア環境の実験ノートのようなルポだ。トランプ政権に関する内部告発や暴露本は複数出ているが、同書は切り口が異なる。

 

「分かりやすいけれど、事実ではない」情報でできたお化けみたいなトランプは、テロや移民など、見えやすくて分かりやすい恐怖を煽る。でも、最も想像しやすいリスクが、最も起こりやすいとも、最も影響が大きいとも限らない。マイケル・ルイスの本に通底する「リスクをどう評価するか」が同書のメインテーマだ。

 

*参考記事(外部寄稿。同書は2018年12月現在、未訳)

 

正しいかどうかよりも、分かりやすさや、他人がどう言っているかの影響を受けてしまう。ソーシャルメディアに蔓延するフェイクニュースやヘイトスピーチは、意図的な発信であれ、無意識の拡散であれ、人間のそんな「ハイパーソーシャル」な性質に便乗して伝播するのではないだろうか。

 

環境が変われば、必要な知恵も変わる。たとえば食糧のない時代には飢餓にどう耐えるかが重要だけど、現代では肥満をどうコントロールするかの方が重要だ。ソーシャル過ぎる環境を生きるには、どんな知恵が必要なのだろうか。

 

"Factfulness"

というわけで(ここまでは長い長い前振りである)、最後に紹介したいのは、自分にとって今年のノンフィクションのベスト本であるハンス、オーラ&アナ・ロスリングの"Factfulness"(ファクトフルネス)だ。

 

 

どんな本であるかの詳細は以前書いた上の記事をご覧いただきたいが、「ハイパーソーシャル」が、事実かどうかはともかく自分の意見を通すこと、だとしたら、「ファクトフルネス」とは、その逆に、十分な事実に基づく考えを支持することである。

 

ロスリングは「正しくなくても、分かりやすければ勝ち」というコミュニケーションはしない。「正しいことを、分かりやすく伝える」ことを追求する。それって当たり前のようで、とても貴重になりつつある価値観じゃないだろうか。

 

・・そして、

FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

  • 作者: ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド,上杉周作,関美和
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 2019/01/11
  • メディア: 単行本
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FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

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  • 作者: ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 2019/01/01
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・・同書の日本語版が2019年の1月に出る!

(なお、電子版の方が発売が早い)

 

この本の素晴らしさは、単なるデータポイントの羅列ではなく、人間がファクトをどう歪めてしまうかの傾向と対策を紹介している点だ。魚を与えるのではなく釣り方を教えるタイプの本。春に入学や就職をする人に贈るのにも最適だと思う。