未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

2018年ベスト小説 - クッツェー「マイケル・K」

Life and Times of Michael K: A Novel (English Edition)

マイケル・K (岩波文庫)

 

この記事で言いたいこと

土のように優しく生きようとする人間にとっては、賞賛も暴力になる。

クッツェーの小説「マイケル・K」は、感情語や装飾表現を「焼き払った」文章で、個人の流転と自由を描いた傑作。

目次

2018年ベスト小説

「マイケル・K」はJ.M.クッツェーの1983年の作品。

今年読んだフィクションで一番感動した。

 

毎年書いてる年間ベスト記事で簡単にコメントして終わりにしようかと思っていたけど、話が膨らんできたので、独立した記事にしてみる。

 

クッツェーはオランダ系南アフリカ人であり、現在はオーストラリア在住。ノーベル文学賞を03年に受賞している。英ブッカー賞も受賞、しかも2度。世界的な作家のひとりだ。

 

・・と言いつつ、自分は今年初めて読んだ。

 

多数の作品がある作家の本を初めて読んで、気に入った。これはとても嬉しいとき。やった!この人の本まだまだある!と思えるから。人気ドラマの最新シーズンを見て、後追いでシーズン1から見始める人の心理に近い。

 

以下、ネタバレありで本作のあらすじや構成に触れる。

 

なので、未読の方は読まない方がいいです・・・と言うつもりは全くなくて、どうしても嫌な方を除いて気にせず読み進めていただきたい。ネタバレしたぐらいじゃ価値が損なわれないレベルの傑作だと思うので。

 

ざっとあらすじ

簡単に言うと本書は、内戦下の南アフリカで、放浪を繰り返すひとりの男マイケル・Kの物語。

 

彼は身体的障害があり、頭の回転も遅い。幼少期に通った学校で暴力にあい、友達はいない。

 

やがて彼は職も身寄りも失う。ホームレスとなって、夜間外出禁止令のある内戦の地をさまよう。

 

それでも彼は自らの過酷な人生と闘う・・・わけではなくて、暴力にさらされ、社会に弾かれ、自給自足の生活を目指して逃げ続ける。

"彼はまるで石だ。そもそも時というものが始まって以来、黙々と自分のことだけを心にかけてきた小石みたいだ。その小石がいま突然、拾い上げられ、でたらめに手から手へ放られていく。一個の固い小さな石。周囲のことなどほとんど気付かず、そのなかに、内部の生活に閉じこもっている。こんな施設もキャンプも病院も、どんなところも、石のようにやりすごす。戦争の内部を縫って。みずから生むこともなく、まだ生まれてもいない生き物。"

 

描写うますぎ

本書の一番の魅力はその文体にあると思う。

 

訳者のくぼたのぞみ(ちなみにこの本の翻訳ってめっちゃくちゃ上手いと思う)があとがきで「感情語や装飾表現を焼き払いながら徹底的に無駄を削ぎ落とす文体」と呼んでいる。

 

焼き払う。まさにそんな感じ。

 

とにかく描写力がアホほどすごい。形容詞や副詞を殺して、名詞と動詞だけで駆動する世界。起こったことと言ったことが全ての、無情で無常な世界。山羊の臓物を抜く1ページに震えた。かぼちゃを焼いて食べる2ページに鳥肌が立った。読後の印象が近いのはコーマック・マッカーシー「ザ・ロード」とかだろうか。

 

賞賛も暴力になる

で、さらに面白いのは本書の構成だ。

 

どこまでも自由であろうとするマイケル・Kを描き切る第1部。その後に、彼を讃える別の人物たちに視点が移る。

 

この構成にはどんな意味があるのだろう。アマゾンなどのレビューを見ると「2部で置いてきぼりになった」「2部以降は主人公の自由な生き方を作者が解説して賞賛しているみたいで興ざめ」といった感想があった。

 

私は、作者による賞賛よりもむしろ皮肉や批評性が込められていると読んだ。

 

話は飛ぶけど、2018年のニュースで、行方不明の幼児を発見して「スーパーボランティア」と呼ばれた方がいた。この言葉は新語・流行語大賞にも選出。しかし彼は受賞を辞退した。

 

たとえるなら「マイケル・K」とは、第1部がスーパーボランティアを主人公とした話で、第2部以降は、無節操に彼を祭り上げて流行語大賞を与えてしまう人たちを描いた小説なのだ。

 

第2部の語り手は過剰なほど長い空想シーンでマイケル・Kを賞賛する。第3部で人から施しを受けたマイケル・Kは「俺は慈善の対象になったんだ」と語る。

 

相手から求められていないなら、憎悪も愛も実は暴力だ。また話は飛んで、「SNS疲れ」という言葉がある。統計があるのか知らないので仮説だけど、自分が人から賞賛を得られていないからSNSに疲れてやめる人の数より、自分が賞賛を得られている「から」やめる数の方が多いのではないか。それは、本当は別に求めていない愛に殴られ疲れた、または愛で殴り疲れたのかもしれない。

 

マイケル・Kは自給自足を目指して「土のように優しくなりさえすればいい」と語る。そんな人間にとっては、賞賛も暴力だったのではないだろうか。

 

クッツェー「マイケルK」は傑作。「恥辱」も「夷狄を待ちながら」も「鉄の時代」も「遅い男」も「イエスの幼子時代」も未読なので、来年はどれを読もうかな。。

マイケル・K (岩波文庫)

マイケル・K (岩波文庫)

 
Life and Times of Michael K: A Novel (English Edition)

Life and Times of Michael K: A Novel (English Edition)