未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

書くことは、失敗すること - Ta-Nehisi Coates on Writing

 

「私のすべての作品において、失敗はおそらくもっとも重要な要素です。」
"Failure is probably the most important factor in all of my work."

 

「書くことは、失敗することだからですー何度も何度も、嫌というほど。」
"Writing is failure. Over and over and over again."

 

正月休みに読んだ「やり抜く力 GRIT(グリット)」(アンジェラ・ダックワース著・神崎 朗子訳)という本の中で紹介されていたTa-Nehisi Coates(タナハシ・コーツ)のコメントが印象的だったので紹介したい。

 

元動画は、ジャーナリストのコーツが米国で「天才賞」と呼ばれるマッカーサー賞を2015年に受賞した際に同賞のwebページにアップされたものだ。別の年にこの賞を受賞したアンジェラ・ダックワースは、「GRIT」の中で「これ以上ないほど的確に、『書く』という仕事について語っている」とこの動画コメントを紹介している。

 

コーツは語りのリズムがとてもパワフルなので、ぜひ動画も一緒に見ていただきたい。冒頭に引用した2つのコメントは動画のいちばん最初に語られる。残りの、以下に引用するコメントは動画の後半で語られるが、該当箇所(2分32秒あたり)からスタートするリンクも貼っておく。

 

なお、翻訳は同「GRIT」の日本語版から引用した。コーツのコメントがどこでどう紹介されているかは同書をぜひ読んでいただければと思う。

 

ではどうぞ。

 

Journalist Ta-Nehisi Coates, 2015 MacArthur Fellow

https://youtu.be/KGwaRufpipc?t=2m32s

(下の引用箇所からスタートするリンク)

 

**********

書くことが大変なのは、
The challenge of writing

紙の上にさらされたおのれの惨めさ、情けなさを直視しなければならないからだ
Is to see your horribleness on page. To see your terribleness

そして寝床にもぐる
And then go to bed.

 

翌朝、目が覚めると
And wake up the next day,

あの惨めな情けない原稿を
And take that horribleness and that terribleness,

手直しする
And refine it,

惨めで情けない状態から少しはマシになるまで
And make it not so terrible and not so horrible.

そしてまた寝床にもぐる
And then to go to bed again.

 

翌日も
And come the next day,

もう少し手直しする
And refine it a little bit more,

悪くないと思えるまで
And make it not so bad.

そしてまた寝床にもぐる
And then to go to bed the next day.

 

さらにもういちど手直しする
And do it again,

それでどうにか人並みになる
And make it maybe average.

そこでもういちどやってみる
And then one more time,

運がよければ
If you're lucky,

うまくなるかもしれない
Maybe you get to good.

 

それをやり遂げたら
And if you've done that,

成功したってことなんだ
That's a success.

**********

 

タナハシ・コーツは米国有数の治安が悪い都市であるメリーランド州ボルティモア*1の出身。大学を中退した後にジャーナリストとしてキャリアをスタートさせたコーツは、「タクシーの運転手になろうかとも考えた」という苦しい時期も経て、2015年に出版したエッセイ"Between the World and Me"がベストセラーとなった。米国で黒人として生きるとはどういうことかを父が息子に語りかける同書は、全米図書賞など複数の賞を受賞している。

 

書くことだけでなく、なにかにチャレンジするときにあてはまるかもしれないメッセージ。2017年が皆様にとりまして失敗とそこからまた起き上がる朝が多い年となりますよう。

 

やり抜く力

やり抜く力

 

 

Between the World and Me

Between the World and Me

 

 

余談

以下、くだくだと余談。タハナシ・コーツの"Between the World and Me"がどんな本かについては下の記事に詳しく書かれている。個人的な印象を思いっきり乱暴に言うと、マンガ「ドラゴン桜」ミーツ人種問題みたいな本だ。

Coatesは、簡単な答えを読者に与えてくれるほど親切ではない。息子にも「dream(夢見る)」ではなく、「struggle(あがけ)」と語りかけている。

 

あと、"Ta-Nehisi"は「タナハシ」なのか「タネヒシ」なのか「タネーシ」なのか悩ましい。動画で自己紹介しているのを聞くと「タナハシ」が一番近い気がするけれど、棚橋という日系の人に間違われそうな気もする。ちなみにwikipediaによると語源は"the land of the black"(黒人の土地)を意味するエジプトの言葉らしい。

 

また、彼の最初の著作は"The Beautiful Struggle"(美しい闘争)というタイトルで、これはラッパーのタリブ・クウェリが2003年に発売したアルバムと同名である。ちなみに上述した"Between the World and Me"という2作目のタイトルも、おそらく2Pacの"Me against the World"(俺vs世界)を意識している。*2


さらにディグると、"beautiful struggle"という言葉は、キング牧師が1967年に行った"A Time to Break Silence"(沈黙を破るとき)というベトナム戦争に反対する演説にルーツがありそうだ。

さあ始めよう。もういちど身を捧げようではないか。新しい世界のための、長く苦しい、けれども美しい闘争に。
Now let us begin. Now let us rededicate ourselves to the long and bitter, but beautiful, struggle for a new world.

 

最後に、「天才賞」ことマッカーサー賞について補足。この賞は作家やジャーナリストといった人文系の人間だけでなく、社会科学や自然科学の研究者を含めて毎年20〜30人が選ばれる。「GRIT」著者のアンジェラ・ダックワースはマッキンゼーに勤務した後に心理学者になった人物で、学習と達成についての研究を評価されて受賞した。過去の業績に対する「ごほうび」というよりは研究や仕事の将来性に投資する性格が強い賞で、受賞者は30代〜40代が多いようだ(タナハシ・コーツは2015年に39歳で、アンジェラ・ダックワースは2013年に43歳で受賞)。

 

ちなみに作家でいうと、コーマック・マッカーシーが1981年に当時48歳で受賞していたり、このブログでも何度かプッシュしている中国からの移民作家イーユン・リーが2010年に当時37歳で受賞していたりする。なお、受賞者が得られる賞金は62万5千ドル(2017年時点)。

Yiyun Li — MacArthur Foundation

 

 

*1:暴力犯罪発生率や殺人件数、貧困率などから算出する「危険な都市ランキング」でボルティモアは2016年全米第7位。ちなみに1位がセントルイスで2位がデトロイト。

*2:追記:実際に本を読んでみたら直接の元ネタはリチャード・ライトの「世界と僕のあいだに」という同名小説だった。2pacも意識してそうだけど。