未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

SFの面白さとは? - 劉慈欣「三体」

三体

劉慈欣(リウ・ツーシン)- 三体

 

中国語版だけでシリーズ累計2100万部、オバマ元大統領やザッカーバーグも絶賛、世界最大のSF賞と言われるヒューゴー賞を英語圏以外で書かれた作品として史上初めて受賞。アホほど話題の尽きない中国SF「三体」の日本語版発売を、それこそ異星文明の降臨を待つように期待していた人は多いはず(自分もそのひとり)。

 

で、予約して発売日に読み始めた・・これは、仕事を休んで一気読みしたくなる面白さ、かつ、読み終わったら次の日も仕事を休んで余韻に浸りたくなる素晴らしさだ。

 

詳細なストーリーの紹介は省略するけれど、訳者あとがきでも語られているように、本作はいわゆる異星文明との「ファースト・コンタクト」ものである。物語は文化大革命の最中にひとりの物理学者が虐殺される場面から始まり、世界的な科学者が次々と自殺している現代へと移る。

 

並行して、3つの太陽を持つ惑星を舞台にしたVRゲーム「三体」の世界が展開する。ちなみにこのVRゲームの登場キャラクターは、周の文王、ニュートン、ローマ教皇グレゴリウス1世、アインシュタイン、秦の始皇帝、フォン・ノイマンなどなどである。なんだそのゲーム!

 

魅力を語り出すときりがないけれど、「幼年期の終わり」などに通じる本格的な作品なので、タイトルに書いた「SFの面白さとは何か?」という大げさで原初的なことをこの記事では考えてみる。 

 

射撃手と農場主

本書では「物理学は存在しない」といったセンセーショナルな命題を通じて、自分たちが観測できている世界は、この宇宙のごく一部の特殊解に過ぎないのではないかという予感と不安が充満する。

 

象徴的なのは序盤に登場する「射撃手と農場主」という例え話だ。シューターとファーマーを略して"SF"と呼ぶこの仮説は、人間が考える宇宙の不変の法則が、実は一時的な気まぐれに過ぎないのではないかという仮説だ。

 

つまり、あるずば抜けた腕をもつ射撃手が10センチ感覚で空けた穴を観察して、その的の表面に住む二次元生物が「宇宙は10センチごとに必ず穴が空いている」と"発見"したり、農場主が毎朝必ず11時に七面鳥にエサを与える農場で、七面鳥の科学者が「この宇宙では毎朝11時に食べものが出現する」という"確信"を抱くようなもの。七面鳥の科学者はクリスマスの朝にその"法則"を七面鳥の世界に発表するが、その日の午前11時には食べものは現れず、農場主はすべての七面鳥を捕まえる・・

 

発見を待っている世界

さて、科学の"限界"や"終わり"というのがこの小説の重要なキーワードだけれど、実はそれは、"限界"の外側に何があるのかを想像させることと表裏一体ではないだろうか。本書中で、VRゲーム『三体』をプレイした主人公は次のように語る。

 

"汪びょうは、『三体』のデザイナーたちが、他のゲームのデザイナーとは正反対のアプローチをとっていることに思い当たった。ゲーム・デザイナーはふつう、できるだけ多くの情報量を表示することで、ゲーム中の現実感を強化しようとする。だが、『三体』のデザイナーは、情報量をできるだけ圧縮することで、もっと複雑な現実を単純なものに見せかけている。"

 "望遠鏡を通して見た太陽の像のディテールに汪びょうはショックを受け、改めて思った。このゲームのデザイナーは、表面上シンプルな映像の奥に膨大な量のデータを隠し、プレイヤーがそれを発見するのを待っている。"

 

膨大な量のデータが、発見を待っている。これはゲームについての発言だけど、私たちが生息して観察している宇宙や現実にも当てはまるのではないか。そして、そうやって「目に見えている範囲だけが世界の全てではない」と教えてくれることが、私が考えるSFの面白さだったりする。

 

本書の英語版に付いている作者あとがきで、劉慈欣(リウ・ツーシン)は自らの生い立ちを紹介する。1970年代に極貧の村で中国初の人工衛星打ち上げを眺めて以来の科学への関心を語った上で、彼は自分の"才能"について語っている。

 

"そのとき以来、私は自分に特殊な才能があることに気付いた。人間の認知能力の限界を超えていて、他人には抽象的な数字としか思えないスケールや存在について、それがマクロであれミクロであれ、脳内で具体的なかたちを把握することができるのだ"

"From that moment, I realized that I had a special talent: Scales and existences that far exceeded the bounds of human sensory perception—both macro and micro—and that seemed to be only abstract numbers to others, could take on concrete forms in my mind."

 

本書を読了した人は、彼がこの才能を(まさにマクロであれミクロであれ)具現化しまくっていることに納得するのではないだろうか。

 

劉慈欣「三体」は、2019年7月に日本語版が発売された一冊。地球人類aka"虫けら"(読み終わった方はここでニヤッとしてください)の全員にオススメしたい。

 

なお、本書は3部作の第1作にあたり、中国SFアンソロジー「折りたたみ北京」に所収の作者エッセイによると、最終的に「多次元宇宙と二次元宇宙、人工ブラックホールとポケット宇宙が詰め込まれ、時間線は宇宙の熱死まで伸び」るらしい。

 

そして、待ちきれなくて第2作を英語版で読み始めたけれど、登場人物表のなかに、大史(ダー・シー)こと史強(シー・チアン)の名前を見つけた!ヤツはまた帰ってくる!