未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

戦争はいつも海の向こうで始まるか - American War by Omar El Akkad

American War (English Edition)

Omar El Akkad - American War

 

2017/07/17 初出

2017/08/25 日本語版発売につき更新

オマル・エル=アッカド「アメリカン・ウォー」として2017/8/29発売

 

2074年、第2次南北戦争勃発。

 

本書Amrican Warは、中国とイスラムが2大勢力となった20世紀後半の世界での没落したアメリカを舞台にした小説だ。主人公である6歳の少女サラ・チェスナットは父親を失い、残された家族とともに難民キャンプで育つ。やがて、ある出来事をきっかけに彼女は自ら内戦に身を投じる・・

 

UOD(Un-Oriented Drone)と呼ばれる制御を失ったドローンが空を埋めるなど、本書にはディストピア的な世界観を構成するSF要素がある。

 

でも、本書は未来よりもむしろ現代の戦争についての物語だ。著者のオマー・エル・アカドは本作の意図を次のように語る。

 

「この本に書かれた出来事は(アメリカでは)まだ起こっていません。それは遠くにいる誰かに対して起こっているだけです。」

 

「この小説で目指したこと、それは、

『これはずっと向こうで起こっていることで、自分には関係ない』

そう言っていられない状況を作り上げることでした。」

 

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大国の援助による代理戦争の継続。復讐の連鎖。監禁と拷問。アメリカを舞台にしているから架空の物語のように感じられる本書の要素は、たとえば中東の紛争地域で既に起こってきた/起こっている現実だ。本書は、アメリカ本国にこうした内戦と暴力を流入させる。戦争を他人事にさせないために。

 

こうしたテーマは、以前の記事(【番外】坂本慎太郎「できれば愛を」と2016年の憎しみ)で紹介したクリス・ミルクという映像作家を連想した。VR研究会社WithinのCEOである彼は、VRを「究極の感情移入マシーン(ultimate empathy machine)」と定義する。シリア難民が暮らすヨルダンのキャンプを記録して、そのVRデモを国連の職員たちに体験させる。「実際にその場にいる」体験をさせることが、職員たちの意思決定にも影響を与えるはずというのが彼の主張だ。

 

オマー・エル・アカドによる本書も、戦争の全体像を俯瞰して描くかわりに、ひとつの家族とひとりの少女の体験に焦点をあてる。彼らの苛烈な境遇に感情移入をさせる。

 

ただし、本書は「その感情移入は正しいのか」とも読者に迫る。作中の人物は主人公のサラに次のように語り、彼女にあるオファーをする(日本語は拙訳)。

 

“I know how much you fought and how much you have suffered. You want something the size of your vengeance, Sarah? This, I believe, is the size of your vengeance.”

(「君がどれだけ闘ってきたか、どれだけ苦しんできたかわかっている。君の復讐に見合うものが欲しいんじゃないか、サラ?これが、君の復讐の大きさに見合うものだ。」)

 

戦争を離れてわざと一般的な話に置き換えるけれど、たとえば、「私はこんなに辛い目にあった」とあなたに話してきた人がいたとする。あなたは強く共感し、辛かったねと頷く。その人の話に涙も流す。その後で、「だから復讐しようと思っている。わかってくれるよね?」と言われたらどう応えるだろうか。

 

さらに、あなたの横で、一緒に話を聞いていた別の人がいたとする。あなたと同じように辛かったねと頷き、涙も流す。そしてその後で、話をしていた人に対して言う。「あなたは復讐すべきだ。私が良い方法を知っている」と。

 

憎悪に共感して、利用する。これはテロリストのリクルーティングの常套手段だ。さて、読んでも判別できなかったところなのだけど、上に引用したセリフは、共感から発せられたものだろうか。それとも、サラは利用されようとしているだけなのか。そして彼女が作中で下す決断。それは、単純な共感を拒否するような決断である・・

 

"American War"は2017年4月に発売された一冊。著者のオマー・エル・アカドはエジプトで生まれてカナダを拠点にジャーナリストとして活動してきた経歴を持ち、本作がデビュー長編小説。日本語版の発売予定は不明。

*2017/8/25 追記。日本語版「アメリカン・ウォー」発売

アメリカン・ウォー(上)

アメリカン・ウォー(上)

 
American War

American War

 
海の向こうで戦争が始まる

海の向こうで戦争が始まる

 

 

 おまけ。本書の「第2次南北戦争」では、Secessionist(分離派)と呼ばれる南側の中心地はアトランタ。もしこの小説が映画化されたら、音楽はアトランタのヒップホップばかりにしてほしい。「全編トラップ音楽が流れるディストピア映画」ってすごそうだ

*1:2017/08/25 追記

リンクした著者インタビューの日本語字幕版がアップされている