未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

「ブロックチェーンは'93年のインターネットと同じ状況にある」- Blockchain Revolution by Don Tapscott

 

2016/07/19 初出

2016/12/25 日本語版発売につき更新

*ドン・タプスコット「ブロックチェーン・レボリューション ―ビットコインを支える技術はどのようにビジネスと経済、そして世界を変えるのか」として発売

Blockchain Revolution: How the Technology Behind Bitcoin Is Changing Money, Business, and the World

 

Blockchain Revolution: How the Technology Behind Bitcoin Is Changing Money, Business, and the World

著者:Don Tapscott and Alex Tapscott

「これは新しいパラダイムです。私には1993年と同じように思えます。当時、インターネットというものを聞いたことがあるかと講演で尋ねると手を挙げる人は10%ぐらいでした。ブロックチェーン、これが次のインターネットです。情報のインターネット(internet of information)から価値のインターネット(internet of value)に私たちは向かおうとしています」 

 

テクノロジーが経済と社会をどう変えるかを20年以上にわたり分析してきたドン・タプスコットはそう語る。息子のアレックスとの共著である本書'Blockchain Revolution'は、タイトル通りブロックチェーンのインパクトについて概説する一冊である。

 

ブロックチェーンって、なんとなく聞いたことあるけれど詳しくは知らない。そんな状態で本書を読んだので、この記事では似たような方を想定して解説してみる。本書だけでなく、上に貼った著者による講演動画や他の書籍などを参考にした。なお、イメージをつかむ事を重視していろいろ簡略化して書いている。ちゃんと詳しく知りたい人は(本書を読むか)末尾につけた参考情報などを見ていただきたい。ではどうぞ。

 

目次

 

ブロックチェーンの基本的な仕組み

ブロックチェーンとはP2Pネットワークを利用した分散型の元帳(データベース)である。

 

と、言われただけでピンとくる人は少ないだろう。タプスコットは次のようなそもそもの説明から始める。

「我々がインターネットでファイルなどを送るとき、送信しているのはデータのコピーです。誰かにファイルを送っても、手元には同じデータが残ります。これは情報のやり取りには良いことで、一度に多くの人に同じデータを送信できるなどのメリットがあります。」

「けれど、もし何らかの資産(asset)を譲り渡したいときにはコピーを送ると問題になります。私があなたに100ドルを送ったら、あなたが100ドルを手に入れて私の手元には残らない。そうならなければ取引が成り立ちません。」

 

上の問題は二重払い(double spend)の問題と呼ばれる。対策としては、たとえば銀行などの第三者が口座情報を管理すればよい。銀行のシステム上にある送金主の口座の残高が100ドル減って、受取主の口座の残高が100ドル増える。その整合性がちゃんと管理されていればよい。

 

けれど、ブロックチェーンによる取引は、こうした第三者の管理主体を必要としない。仕組みはこんなイメージだ。ブロックチェーンで管理される通貨を利用する全員のスマホに共通のアプリが入っていて、P2Pネットワークで元帳を共有している(巨大なエクセルシートが全員のスマホに入っていると思っていただきたい)。AさんがBさんにお金を送るとそのシートに取引が記録されて、参加者は全員その記録を参照できる*1。心臓の鼓動のように、およそ10分おきに、その時間内に起こった全ての取引はひとつのブロックとして記録される。

 

そして、あるブロックが生成されるときには、前のブロックの取引情報を要約したハッシュと呼ばれる文字列を含めなければならない。たとえると、新しくできる部屋の鍵を作るには隣の部屋の鍵が必要で、隣の部屋の鍵はそのまた隣の鍵を使って作られたもので・・といった具合である。そうやって、各ブロックは数珠つなぎのチェーンとして累積していく。

 

もしどれかのブロックを改ざんすると、そこから先の履歴ブロックも全て改ざんして直さなければならない。こうした仕組みを暗号化のアルゴリズムだけで実現しているので、ブロックチェーンは特定の管理主体や認証機関を必要としないとされている。この改ざん防止がブロックチェーンの仕組みの肝なので、もう少し詳しく書いてみよう。

 

プルーフ・オブ・ワーク→めちゃくちゃがんばらないと偽造できない

ブロックチェーン上に新しいブロックが生成されるときには、前のブロックの取引情報を含んだ上で、そのブロック自体が持つべきハッシュ情報(nonce/ナンスと呼ばれる)を計算しなければならない。隣の部屋の鍵を含めた情報で作られる、新しい部屋の鍵である。

 

この鍵の値は数学の問題として答えが決まっている。ただし、その答えは何かの法則を使ってショートカットして得られるという性質のものではなくて、量的に膨大な計算をしなければならない(ハッシュ値から元の値は求められないため)。

 

簡略化してたとえると、部屋の鍵の暗証番号はあらかじめ決まっている。例えば「12345」が正解の番号である。でも、その番号を求める手がかりはない(とされている)。全く手がかりのない状態で暗証番号を見つけるにはどうしたらいいだろうか?「00001」「00002」・・そうやって正解にたどり着くまで総当りで番号を試し続けるしかない。

 

ブロックチェーン技術を用いたビットコインなどの暗号通貨で行われているのはこうした総当り計算で、P2Pネットワーク上のコンピュータは少しずつこの計算を分担している。そして、一番先に正解を見つけたノード(ネットワークの参加者)が全体に対して正解を発信する。

 

このため、もし誰かが取引データを偽造しようとしたら、偽造データに対する計算の答えを誰よりも早くネットワークに発信する必要がある。けれど、そのためには他の全員の計算量合計に勝たなければならない。極端に言うと、仮にダイヤルが1万桁の南京錠があったとして、ひとりの泥棒が1万人を相手に(1万人全員が同じ錠を持っていて担当番号を分担済とする)どちらが早く開錠できるかを競争しないといけないみたいな話だ。

 

このように膨大な計算作業を要求することで改ざん防止のセキュリティを担保する仕組みをプルーフ・オブ・ワーク(Proof of Work)と呼ぶ。日本語の訳語はなくて無理やり「仕事量の証明」とか訳されたりする*2。この計算作業が行われないとブロックチェーンが生成されずビットコインの発行もできないので、マイニング=採掘とも呼ばれる。

 

*おまけ:物理的でも論理的でも、鍵というのは、正解を求めるのは難しくても答えを確かめるのは簡単

 

情報のインターネットから価値のインターネットへ

さてさて、ここまでがいわば前置き。こうしたブロックチェーンの仕組みは社会と経済にどのようなインパクトを与えるのだろう。

 

本書によれば、信用が確保された商取引や個人のID証明が、政府や銀行や第三者による認証や仲介なしに成立したことはこれまでなかった(中央銀行による通貨の発行も政府による認証のひとつ)。

 

ブロックチェーンはこれを変え得る。一番影響を受けやすくて一番取り組みが進んでいるのは金融業界だ。銀行やクレジットカード会社は決済システムの構築と運用に多額のコストを負っていて、これは手数料として利用者の負担に反映される。特に少額の送金や決済の場合には手数料が割高になる。世界で25億人以上の人々が銀行口座を持っていないが、彼らの多くがモバイル機器は持っている。ブロックチェーンによって、こうした人々がほとんど無料の手数料で送金や決済の取引を当事者間で直接できるようになるかもしれない。

 

けれど、ブロックチェーンの可能性は金融だけに止まらない。

 

マネー以外でもあらゆる資産、権利、証書について、改ざんが難しいという性質をその発行、認証、流通に応用し得る。本書は3部構成になっているが、'Transformations'と冠した第2部で、企業、政府、文化などの多岐に渡りブロックチェーンがもたらし得る影響を網羅している。

 

たとえばホンジュラスでは土地の60%が文書上に登録・管理されていない。これは行政による不正の温床となる。土地の権利をブロックチェーン上で記録して管理するプロジェクトがFatcom社と政府とで進行中である。

 

資産や権利だけではない。改ざんが難しいなら、個人のアイデンティティ認証にもブロックチェーンを利用できる。日本ではたとえばリクルートテクノロジーズ社が履歴書公証データベースの実証実験を行っている。本書でタプスコットは「ブロックチェーン上にアバターを作る」「現実世界をブロックチェーン上にアニメ化する」といった表現をしている。

 

さらに、アイデンティティの認証を必要としているのは人間だけではない。IoT関連のスタートアップであるFilament社のEric Jennigsは、ブロックチェーンを利用したデバイスの認証はIoTの発展に欠かせない要素だと述べている。

 

Jenningsが構想するのは、ブロックチェーン上でIDを認証されたデバイス同士が自動でコミュニケーションするような世界だ。オーストラリアのあまり人がいない地域に設置された水道管が「水漏れだから修理して」と発信する。自動運転の車が現地に向かい、修理を完了させる。修理費用は自動で計算されて、水道管の所有機関に対する請求明細が発行されて決済まで行われる。これら一連が全て自動で実行されてブロックチェーン上に記録される。

 

IoTは子ども向けの本をインスパイアするに違いない、タプスコットはそんな風に語る。ディズニー映画では車が喋ったりするが、実際はそれどころじゃなく、車がほとんどの活動を自動で行うようになるかもしれない。自動で走り、誰かを乗せて運賃を稼ぎ、給油とガソリンスタンドへの支払を行い、保険を更新し、衝突事故時の責任割合を計算する。契約の交渉、締結、執行までがブロックチェーン上で自動処理されて記録される。

 

AmazonはHTTP企業ではないし、GoogleはSMTP企業ではない。同じように、ブロックチェーンは単なるプロトコルであって、「ブロックチェーン企業」なんてものはない。

 

けれど、このプロトコルは'World Wide Web of information'を'World Wide Ledger of value'に変える。誰もがダウンロードして自らのコンピュータ上で走らせることが可能な、分散された元帳である。

 

感想:こっそりやらせないために

さて、最後に個人的な感想をひとつ。タプスコットは本書で次のように述べている。

We believe that the economy works best when it works for everyone, and this new platform is an engine of inclusion. 

全員のために機能するときに経済はいちばん上手く行くのだと信じています。

そして、この新しいプラットフォームは包摂のためのエンジンなのです。 

ブロックチェーンは、特定の管理主体(政府や銀行、それに加えてグーグルやアップルやフェイスブックなど情報を集中させて巨大な利益を得ている企業を含む)が持つ権益を再配分、もとい分散させるポテンシャルがあると思う。

 

けれど、透明性と信頼性が高いオープンな仕組みやプロトコルがあれば必ず採用されるかというと定かでない。 全員のために良い制度は全員に使われるはず。という発想ってナイーブ過ぎる気がする。

 

官房機密費から粉飾決算に至るまで、組織や企業活動には「こっそりやりたい」という動機が必ずある。また、「利権を独占したい」という動機も必ずある。中央銀行が通貨発行権を独占できていて、議会が財政を決定できる権利を独占できているから、GDP比250%近くまで赤字国債を発行できる。

 

だから、ブロックチェーンが本格的に普及するためには、ブロックチェーンを使用している企業や組織がより透明性や信頼性が高いとして投資や評価を集めるというようなインセンティブが不可欠だと思う。

 

具体的には、例えばブロックチェーン上に商取引を全て記帳する(「複式簿記」に加えてブロックチェーンにも記帳する'triple-entry accounting')というアイデアが本書で紹介されている。株主や監査担当などの利害関係者はこの記帳を参照できる。もしこれが実行されると、四半期報告を待たずに会社の状況を把握できるし不正も看過されにくいだろうから、最初にやる企業は評価されて株価はきっと上がるだろうというアイデアである(やる勇気がある企業がいるのか未知数だが・・)。

 

または、仮にブロックチェーンをフルに活用する新しい国がどこかに生まれたとする。その国は通貨発行権を放棄して、ブロックチェーンを用いたデジタル通貨だけの使用を宣言する。アルゴリズムで採掘される量のデジタル通貨しか流通しないので、柔軟な財政出動はできない(というか財政出動という概念がない)。でも、赤字国債を放漫に発行して将来世代にツケを回すような事はしない(というかできない)。土地の登記など公的情報はブロックチェーン上で管理・記録し、行政の歳入や歳出、議会や議員の政治資金の動きも全て記録するので、政治的な不正は極めて起こりにくい。そして、前述したようなIoT活用などにより、企業活動は極力自動化する。もしそんな国があったとしたら、住みたいかどうかは別として、投資先としてはかなり安全だと思うのだがいかがだろうか。

 

「202X年、財政がデフォルトした日本で、北海道や福岡など一部の地域が日本円とは別にブロックチェーンで管理されるデジタル通貨と地方債の発行を宣言し、海外から投資を集める・・」みたいな、希望の国のエクソダス のアップデート版っぽい小説をもし誰かが書いたら読んでみたい。

 

だいぶ脱線したけれど、Don Tapscott and Alex Tapscott著'Blockchain Revolution'は2016年5月に発売された一冊。日本語版の発売予定は不明。 日本語版が発売された↓

ブロックチェーン・レボリューション ――ビットコインを支える技術はどのようにビジネスと経済、そして世界を変えるのか

ブロックチェーン・レボリューション ――ビットコインを支える技術はどのようにビジネスと経済、そして世界を変えるのか

 

 

参考情報 

ブロックチェーンについての情報は大量に出回っているけれど、この記事を書くにあたり参考にした情報だけ挙げておく。下に行くほど、時間がない人向けの情報。

 

Satoshi Nakamoto “Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System”

*全てはここから始まった!的なサトシ・ナカモト論文

 

野口悠紀雄「仮想通貨革命」(Kindle版)

 

5分でわかるブロックチェーンの基本的な仕組み

 

2分でわかるブロックチェーン

*1:「Aさん」「Bさん」といった取引主体が他人に特定されてしまうわけではない

*2:プルーフ・オブ・ワーク以外にも証明方法は幾つかあるので興味ある人は参考情報を見てください