未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

ぼくが消えないうちに - The Imaginary by A.F. Harrold

f:id:kaseinoji:20160917232108j:plain

The Imaginary

 

忘れられ、消えてなくなる存在が主人公の児童書。本書の主人公ラジャーは「イマジナリー・フレンド」である。少女アマンダの空想のなかに存在する男の子だ。

 

イギリスの詩人A.F.ハロルドによる本書の原題は'The Imaginary'という。「ぼくが消えないうちに」というタイトルで日本語版が少し先の2016年10月に発売予定なのだけど、以前にこのブログでも紹介したR.J.パラシオ「ワンダー」のPR担当の方が本書も担当されていて、見本をいただいたので読んだ。

 

想像力が豊かなあまり突飛な行動を取って「ときどき、あんたのこと信じられなくなる」と母親に言われるアマンダは、母親には見えないラジャーと一緒に空想の世界で遊ぶ。でも、本書の冒頭で、2人が離れてしまうことがいきなり暗示される。アマンダに忘れられるとラジャーは消えてしまうのに。

 

「ラジャーは変わるのが好きだ。アマンダが子ども部屋に入ってくると、なにもかも、命を得て、アマンダの想像力で色が塗られ、細かいところまで完璧になる。電気スタンドは遠い異国の木に、タンスは海賊の宝でいっぱいのチェストに、眠っているネコは、チクチクと時を刻む時限爆弾に変わる。アマンダの頭のなかはきらきらと輝き、いつも、まわりの世界を輝かせ、ラジャーもいっしょにきらきらした。でも、いまは・・。」

"But Rudger loved the changes, loved how, when Amanda came into a room, it came alive, her imagination colouring it, filling out the details, turning a lampshade to an exotic tree, a filing cabinet to a chest of stolen pirate treasure, a sleeping cat to a ticking time bomb. Her mind was sparky, she made the world sparkle, and Rudger had shared in it. But now..."

 

「夢のような」色の絵

さて、2人の関係に不穏な空気を運ぶ存在として、これまたかなり序盤で悪役キャラクターが出てくるのだけど、その挿絵がけっこうコワい。某和製ホラー映画でテレビから出てくる、ロングヘアーの無口な女子を思い出させる。

 

ここでちょっとストーリーを離れて本書の挿絵について触れたい。エミリー・グラヴェットという絵本作家による挿絵は、基調は白黒なんだけど部分的に着色がされているという不思議なものだ。キャラクターはなんだかみんな眠そうな目をしているけれど、それと関係なく、まるで、見た夢を思い出そうとする時に浮かぶ映像みたいな絵だなと思った。

 

「あなたはモノクロの夢を見るか、それともカラーの夢を見るか」そう聞かれても即答できない人というのがいる。私もそのひとりなのだけど、何かで読んだ説によると、それは夢を思い出そうとするときに脳が映像を補正して色をつけようとするためらしい。つまり、実際に夢を見ているときはモノクロなのだけど(色を処理する神経回路が活性化していない、とか言うべきなのかな?)起きて思い出そうとすると不自然に色が塗られる。なのでモノクロでもあるしカラーでもあるようなイメージになる。

 

洋服や体の一部だけが着色されていたりする本書の挿絵を見て、それと同じような印象を受けた。たとえば「ドリーミーな色使いの絵」とかいう言い方をすると、普通はカラフルな絵を想像すると思うのだけど、実際の夢の印象って本書の挿絵のように不均等に色付けされたビジョンなのではないかなと思った。

 

忘れて、また思い出す

閑話休題。本書のストーリーに戻る。アマンダと離ればなれになったら、イマジナリー・フレンドの自分は消えてしまう。ラジャーは彼女を見つけようとする。

 

でも、これはふつうの友だち探しのストーリー、ファインディング誰かさんとは違うのではないか。読み進めているうちに、いい歳した大人の自分なんかには疑問がわいてくる。

 

なぜなら、イマジナリー・フレンドとの友情は、続けることじゃなく失うことがゴールなのではないかと思ってしまうからだ。なのになぜまた探す?

 

空想の友人を作る子どもをどう扱うか。いちばん古いタイプの考えは異常行動として治療対象とみなす考えで、これは本書でも明示的に否定されている。

 

一方で、ググって簡単に調べてみると、子どもがイマジナリー・フレンドを作ることは一種の通過儀礼であると考える説が多い。人との関わりを求める子どもが、他人との関係が十分足りていないと感じたときに、空想の友人をこしらえる。通念と異なり、社交的で現実の友だちも多い子どもの方が内向的な子どもよりもイマジナリー・フレンドを作る傾向にあるそうだ。*1

 

でも、そうした補償の関係はやがて現実の人間関係に塗り換えられて消えていく。「子どものときにだけ あなたに訪れる 不思議な出会い」として。トトロにせよトイ・ストーリーのキャラクターにせよE.Tにせよ、子どもに冒険と成長を与える役割を終えると、乳歯が抜けるように姿を消す。

 

ではイマジナリー・フレンドが友だちを探す本書はなんなんだろう。成長の拒絶だろうか。

 

おそらくそうではなく、「一度忘れたり離れた思い出でも、また人生に必要とするときが来たら思い出すし、そのときに思い出に頼ることは決して退行ではない」というメッセージが本書にはあるのかなと思う。*2

 

子どもの成長というのは一直線なものではない。もし精神的に弱ったときが来たら、一度卒業して忘れた空想や想像をもう一度追憶したって問題ないのではないだろうか。そして、本書の場合だと、子どもだけでなく大人にもそれが当てはまるとされている。

 

「けれども想像の力で生まれたものは、すぐにつるっとにげていく。ラジャーは、身にしみてわかっていた。想像の世界のものを、しっかりと記憶にとどめておくことはむずかしい。ほんものの人たちは、この世を去ったほんものの人たちを思い出すだけで、せいいっぱいなのだ。」

"Imagination is slippery, Rudger knew that well enough. Memory doesn’t hold it tight, it has trouble enough holding on to the real, remembering the real people who are lost."

 

A.F.ハロルド作、エミリー・グラヴェット絵、こだまともこ訳「ぼくが消えないうちに」は2016年の10月に発売予定。2ヶ所だけ引用したけれど、日本語訳だけでなく原書の英語もきれいな一冊。*3

 

*1:以下のサイトを参考にさせていただきました

*2:♪思い出は美しく輝く〜、という出だしで始まる渋谷系の裏名曲を忘れていたけど思い出した。Apple Musicにあった

*3:いつか書こうと思っていた余談なのだけど、AmazonがKindle専用に作ったフォントであるBookerlyフォント、別名、Kindleのクソじゃない最初のフォント(The Kindle Finally Gets Typography That Doesn't Suck)の斜字体ってきれいだなと改めて思った↓

f:id:kaseinoji:20160917222857p:plain