未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

「スゴ本」ブログと読書の海と

わたしが知らないスゴ本は、 きっとあなたが読んでいる


「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」のDainさんの本が出た。

 

自分は大学生だった頃から同ブログを10年以上は読んでいて、かなり大きな影響を受けている。オフ会であるスゴ本オフにも何度か参加させてもらった。

 

そもそも、当ブログは「面白い本を、翻訳を待たずに原書で読んで紹介する」ことを主目的としているけれど、この形式で始めた大きな理由のひとつは「既にスゴ本ブログや読書猿ブログがあるから、普通の書評ブログではどう頑張ってもかなわない」と思っていたからなのだ。

 

以下は「スゴ本」ブログと本書についての個人的な思い入れである。

 

本屋や図書館のワクワクとは?

'00年代の後半ぐらいから、Dainさんのブログや、本書でも言及されている小飼弾さんや橋本大也さんのブログを読み始めた。

 

これは自分の読書人生にとって、カンブリア爆発ぐらいの大きな出来事だった。読む本の幅が一気に広がったからだ。

 

余談だけど、その頃は確か「Chikirinの日記」とかも熱心に読んでいて、なんか日本のブログというメディアの黄金時代だったんじゃないかという気がする。Youtubeとかインスタはまだ本格化していなくて、セルフイメージやパーソナリティを売りにしなくても、文章の面白い人が匿名のまま活躍したりしていた。

 

平成は遠くなりにけり、だ。

 

そんな過去の美化はさておき、Dainさんのブログの何がありがたいかと言うと、「いま読んで面白い本」「ジャンルを問わず」に紹介し続けている点だ。

 

まずひとつめの「いま読んで面白い本」という点について。

 

自分の場合、それまでも「名作文学100選」みたいなものや、大学で紹介される文献のリストなどを参考にして読書を進めていた。

 

しかし、本書でも言及されているが、そうしたリストというのはまったくアップデートされておらず、いま読むのは正直しんどい、というものを多く含んでいた。

 

たとえるならば、「日本のマンガの名作を読みたい」と思い立って手にしたリストの始まりが、もし「のらくろ」だったらどうだろう。道のりエグいっ、と思うのではないか。ドラゴンボールやワンピースにたどり着く前に絶対に挫折してしまう。

 

誤解なきように付け足すと、「古いものはつまらない」と言いたいわけではない。

 

いつ書かれたものであっても、いま読んで楽しい、または価値があるかどうかが問題なのだ。

 

その点、Dainさんらのブログは当然ながら「その日にそのブログを読む人」に向けて書かれていたから、信頼できた。

 

ちょっと脱線すると、20世紀にもてはやされていたもので既に読む必要のない「名著」は大量にあるはずで、橘玲の「読まなくてもいい本」の読書案内 は、それを見分けるための枠組みを提供している。

 

たとえばフロイトはなぜもう読む必要がないかを検証している。ついでに脱線の脱線だけど、村上春樹の近年の長編って、いまだにフロイトとかユングとかの「意識と無意識」「過去のトラウマ」みたいな主題体系から脱していない気がして、その井戸もう掘らなくていいんじゃないか?と思ってしまう。

 

閑話休題。もうひとつの「ジャンルを問わず」という点について。

 

これも本書の中で「ジャンルに特化した読書家」と表現されているが、ミステリならミステリだけ、ビジネス書ならビジネス書だけといった本の紹介を行う人やwebページは簡単に見つけることができた。

 

けれど、「銃・病原菌・鉄」と「火の賜物」と「タタール人の砂漠」と「ザ・ワールド・イズ・マイン」と「羆嵐」を、同一平面上に並べて、同じ熱量で紹介してくれるページは他になかったのだ。

 

そもそも、本屋(や図書館)で感じるワクワク感って、特定のジャンルの棚だけを見て味わうものではないと思う。

 

本屋や図書館というのは不思議な場所で、どんな読書家の人でも、そこにある商品の大半は「全く知らない情報」で、だからこそネット検索ではたどり着かない出会いがある。

 

たとえば自分の場合は「地球のごはん」「奇界遺産」といった全く知らなかった本をスゴ本ブログきっかけで読んだ。

 

また、「ゲーデル・エッシャー・バッハ」「虚数の情緒」にも出会った。

 

出会っただけで、すぐ挫折して、読んではいない。

 

けれど、Dainさんですら何度も図書館で借りては返しを繰り返した末にそれらを読んだと本書で知った。なので自分はまだしばらく挫折者クラブの現役会員でいようと思う。

 

なお、これも余談だけど、自分も含めて、読書好きには「君もあの本で挫折したのか」という連帯意識や、「まだ読んでない本自慢」という、奇妙な習性がある。マラソンランナーは、完走できなかった人同士で連帯意識なんて持たないだろう。登山家は、まだ登っていない山の名前を自慢したりしないだろう。よく考えると、不思議な習性だ。

 

変な海みたいなもの

さて、むかし読んだ中村文則と又吉直樹の対談の中で、中村文則が

「大量に本を読むと人間の中に何が起こるかと言うと、変な海みたいなものが出来あがる」*1

 と言っていた。

 

いくら時間をかけて読書をしても、幸福になれるかは分からないし、経済的な成功につながるかも分からない。

 

けれど、何年もかけて大量の読書をすると、変な海みたいなものは出来る。

 

または、海までいかなくても、いろんな養分を含んだスープぐらいは出来あがる気がする。人として、いいダシ取れるようになる。昔の人はそれをウィットとかエスプリとか滋味、と呼んだ。

 

本書はスゴ本ブログのエッセンスが凝縮された本であるが、さらに膨大な過去ログが、今もアクセス可能な状態で存在している。読書猿さんの「アイデア大全」「問題解決大全」も同じ構造だと思うのだけど、入り口(著書)だけが有料で、そこから先のライブラリ(過去ログ)は無料でアクセスし放題なのだ。読書案内として、使わない手はないと思う。

 

Dain著「わたしが知らないスゴ本は、 きっとあなたが読んでいる」は、2020年4月に発売された一冊。

わたしが知らないスゴ本は、 きっとあなたが読んでいる

わたしが知らないスゴ本は、 きっとあなたが読んでいる

  • 作者:Dain
  • 発売日: 2020/04/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

*1:又吉直樹「 第2図書係補佐」所収の対談より