未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

宇宙船を編む(中学英語で) - Thing Explainer by Randall Munroe

2016/04/09 初出

2016/11/23 日本語版発売につき更新

ランドール・マンロー「ホワット・イズ・ディス?:むずかしいことをシンプルに言ってみた」として発売
yomoyomoさんの記事で知った。いつもありがとうございます)  

Thing Explainer: Complicated Stuff in Simple Words (English Edition)

Randall Munroe "Thing Explainer: Complicated Stuff in Simple Words"

 

複雑な物事をシンプルに説明するには何が大事か?

 

国際宇宙ステーション、サターンVロケット、人間の内臓、天気図、電子レンジ、アメリカ合衆国憲法など約40の項目を本書は解説する。使っていいのは、最も使用頻度が高い英単語1000語とイラストだけ。各ページの見た目はこんな感じ↓

http://machinedesign.com/site-files/machinedesign.com/files/uploads/2015/03/Up%20Space%20Goer.png

xkcd: Up Goer Five

 

元NASA研究者による遊び

読む前は、いわゆる「サルでもわかるxx」「一番わかりやすいxx」みたいな解説本だと思っていたのだが実際はちょっと違った。使う言葉の数をハードコアに絞っているので、かえってまわりくどい説明をしたりする。たとえばJapanと言えないのでa country named after the rising sunと言ったり、おそらく文脈からロシアのことなのだがa country with lots of snowと言ったりする。

 

結局何のことを言っているんだ?とクイズ遊びをしているような気にさせる本だが、もちろんこれは意図的なものだ。著者のランドール・マンローはNASAでロボット工学を研究していた経歴を持ち、現在は「愛と皮肉と数学と言語のWebコミック」(A webcomic of romance, sarcasm, math, and language)であるxkcd.comを運営している。

 

同サイトに寄せられた質問への回答を基にした前作の「ホワット・イフ?」は2015年に日本語版が発売されてキノベス2016の2位にもなった。同書では、「野球のボールを光速で投げたらどうなるか」や「地球上のすべての人間を一箇所に集めて同時にジャンプしたらどうなるか」などの質問にマンローが回答する。ちなみに、前者の質問では核融合爆発が発生しボールは球場ごと消し飛び、後者では何事も起こらず人類は我に返る。honzに詳しい解説と内容の一部がある。

ホワット・イフ?――野球のボールを光速で投げたらどうなるか (早川書房)

ホワット・イフ?――野球のボールを光速で投げたらどうなるか (早川書房)

 

 

「それは何をするためのものか」

Wikipediaのvocabulary developmentという項目によると、人間は6歳までに2,600の発信語彙と20,000-24,000の受信語彙を身に付けるらしい。本書の1,000語という縛りはそれらよりもはるかに少ないので、幼児向けに何かを説明するような試みだ。

 

ちなみに文科省の学習指導要領を見てみると中学英語での語彙数は1,200語程度と書かれているので、本書は日本の中学英語だけでこんなにいろいろ説明できるよという見本でもある。

 

シンプルな言葉で複雑な物事を説明しようと思ったらどんなアプローチが有効だろう。本書の場合は「それが何と呼ばれているか」よりも「それは何をするためのものか」に着目する。 

"But there are lots of other books that explain what things are called. This book explains what they do."

 「物事が何と呼ばれるかを説明する本は他に数多くある。この本は、それが何をするかを説明する。」

(本書のまえがきこと'Page before the book starts'より)

 

たとえば、カメラの仕組みの項目では、レンズのことをlight benders(光を曲げるもの)と紹介する。

 

デジタルの場合はとりあえず置いといて、写真撮影用のフィルムは光を受けると色が変わる。でもフィルム全体にいっぺんに光を浴びせても全体の色が変わってしまい写真にならない(下のAのイメージ)。反対に、小さな穴を作って一点からだけフィルムに光があたるようにしても今度は光が足りない(下のBのイメージ)。そこで、凹凸のあるガラスを使って複数の光を曲げて集める(下のCのイメージ)。そうすると像が結ばれる。乱暴だけど、これが写真が映る仕組みの基本。だから、レンズは「光を曲げるもの」と呼べる。同じように、たとえば本書では心臓をblood pusherと呼んだりする。

 

(A)何もしないと光が多すぎる

→ → |
→ → | NG
→ → |

 

(B)穴だけ空けると光が少なすぎる

→壁  |
→穴→ | NG
→壁  |

 

 (C)光を曲げて集めるとちょうどいい

→レ↘ |
→ン→ | OK
→ズ↗ |

 

「機能」に着目するメリット

ランドール・マンローの本は、ただの遊びのようで実は思考法や発想法の訓練になっている。

 

前作の「ホワット・イフ」も、「突拍子もない質問に理系の研究者がマジメに答えてみた」という体裁だったが、実際にやっていることはいわゆるフェルミ推定と変わらない。「日本にある電柱の数はいくつか?」とか「シカゴには何人のピアノ調律師がいるか?」のヤツである。「ホワット・イフ」のまえがきに書かれている、彼が5歳のときに母親と交わしたやり取りを見ると明らかだ(母親がメモを残していたらしい)。

ランドール「うちには、柔らかいものと硬いものでは、どっちがたくさんあるの?」

ジュリー 「さあ」

ランドール「世界全体だとどっち?」

ジュリー 「さあねえ」

ランドール「ねえ、どこのうちにも枕が3つか4つあるよね?」

ジュリー 「そうね」

ランドール「それに、どこのうちにも磁石が15個ぐらいあるでしょ?

ジュリー 「そうでしょうね」

ランドール「じゃあ、15足す3か4、えーと、4にしよう。15足す4は19だよね?」

ジュリー 「そうそう」

ランドール「すると、たぶん、柔らかいものは30億個ぐらいで……硬いものは50億個ぐらいあるってことだよね。じゃあ、どっちが多い?

ジュリー 「硬いほうだと思うわ」

(ホワット・イフ「はじめに」より)

 

もちろんツッコミどころは満載だけど、ここでは、少ない情報を基に大胆な仮定を置いて結論までの筋道をつけるという思考法が既に採られている。これは膨大な知識や情報の中から正解に合うものを選ぶという思考とは異なる。「ホワット・イフ」は「空想科学読本」の隣ではなく「地頭力を鍛える」の隣に並べるべき本だと思う。

 

そして、今回のThing Explainerの場合は、「幼児でもわかるような言葉で物事を説明してみた」という体裁の奥に、それが何をしているかという「機能」に着目するという発想法がある。

 

私が思うこの発想のメリットは、「その機能が果たせるなら別のやり方があるのではないか」とアイデアを広げられる点だ。

 

たとえば上に書いたようにレンズの機能が「光を曲げる」だとすると、別にレンズをガラスで作る必要はないかもしれない。実現性はともかく、水などの液体だって光を曲げる。他にも、自動車の機能が「何かを運ぶ」ならば、動力源はエンジンでもモーターでもいいし、燃料はガソリンでも電気でもいいかもしれない。車輪を使わなくてもいいかもしれない。機能に着目するランドール・マンローの発想は、以前の記事で紹介したイーロン・マスクの'Take it down to the physics.'(原理に落とし込む/物理学に落とし込む)という発想に通じるところがあるんじゃないかと思う。

 

ランドール・マンロー著'Thing Explainer'は2015年の11月に発売された一冊。日本語版の発売予定は不明。*1ビル・ゲイツもgatesnotesで紹介したりしている。ちなみに、電子版は各ページがテキストでなく画像になっているのでKindleのPaperwhite端末だと読みづらい(iPadなどのタブレット画面推奨)。 

 

おまけ:「トランプモード」付きのテキストエディタ

上のyomoyomoさんの記事で知ったのだけど、本書で使われている1,000語だけを入力可能なテキストエディタが開発されている。あなたも億万長者の演説が書ける「トランプモード」付き。

 

*1:*2016/11/23追記:早川書房から日本語版が発売された。ちなみに個人的に好きなのはジェットエンジンの仕組みを紹介する項です。

ホワット・イズ・ディス?:むずかしいことをシンプルに言ってみた

ホワット・イズ・ディス?:むずかしいことをシンプルに言ってみた