未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

グーグル・バスに石を投げる - Throwing Rocks at the Google Bus by Douglas Rushkoff

要約
  • 企業の成長(growth)と人間の繁栄(prosperity)とが一致しない状態を「成長の罠」と呼ぶ
  • UberやAirbnbなどの独占型プラットフォームはシェアビジネスじゃなくて単なるアグリゲートビジネスだ
  • 独占型の「デジタル産業主義」ではない「デジタル分散主義」にシフトすべき

 

ダサいバスには石

「グーグル・バスに石を投げる」という本書のタイトルは、比喩ではなくて実際にあった事件を指す。
 
グーグル従業員専用のこの通勤バスが地元でどのように見られていたかのニュアンスはMarket Hackさんの以下記事にまとまっている。 

 

いわゆるジェントリフィケーションに対する抗議であったこの事件は、所得格差拡大の文脈で報道された。けれど、メディア理論を専門とする学者であり作家のダグラス・ラシュコフは本書で言う。本当の格差は、失業者とハイテク企業エリートの間にはない。99%と1%の間にもない。我々はみな「成長の罠」に陥っている。
 

成長の罠/The Growth Trap

成長の罠とは何か。本書は厳密な定義をしていないのだが、簡単に言えば、企業=法人の成長(growth)と、人間=自然人の繁栄(prosperity)とが一致しない状態を本書でそう呼んでいる。
 
雇用なき経済回復、低賃金のギグ・エコノミー、Facebookによるプライバシー侵害、Uberの無軌道ぶり(ruthlessness)、これらはどれも「企業の成長を最大化する」というロジックが徹底された結果だとラシュコフは言う。
 
人間の価値を向上させるためでなく、マーケットにおける企業の価値を向上させるためにデジタルプラットフォームが最適化されているのではないか。人間の表現や交流を多様化させるよりも、人間の行動をマーケティング上で予測可能にして自動処理できるようにすることを目的に新しいテクノロジーが使われているのではないか。そう主張する本書は現代の経済を「デジタル産業主義(Digital Industrialism)」と呼ぶ。
 
もっとも、企業が成長の最大化を目指すことで犠牲になる主体が生まれるという問題自体は特に目新しい問題ではない。高度成長時代には公害問題のような外部不経済が発生していたし、技術革新などにより生まれた新しい産業が成長すれば、古い産業に属する人間は一時的に職を失う。
 
一方で、現代のテック系企業は、市場の独占を築き上げて成長を最大化することにかつてよりも意識的になっている。本書は特にUberのような独占型プラットフォームを批判する。
 

プラットフォームの独占/The Platform Monopoly

Uberは、自社が設定した価格でドライバーと乗客をマッチングして料金の20%を受け取る。これは配車サービスではなくプラットフォームビジネスであり決済システムだ。タクシー業者ではないUberは規制のグレイゾーンでビジネスを行い、需要と供給を均衡させるアルゴリズムに従って価格を自動決定する。もっと簡単に言うと、乗りたい人が多いピーク時ほど価格は高くなる。ハリケーン災害時などには無軌道に価格が跳ね上がった。これは独占企業による価格つり上げと何が違うのだろうかと本書は言う。
 
Uberに登録したドライバーが死亡交通事故を起こした際、自社はプラットフォーム提供者であり責任を負わないとUberは主張した。数多く存在していた独立タクシー業者は、Uberというプラットフォームの下の無防備な契約ドライバーとなる。
 
これがUberの「創造的破壊」であり、多くの登録ドライバーたちが最低賃金を下回る価格で稼動する一方で、Uberの時価総額は180億ドル以上(本書掲載時点の数字)に達した。
 
ラシュコフは、Uberがやっていることは、友だちを駅まで連れて行くようなライドシェアではなく、「雇用されていない時間とモノのマネタイズ(monetizing unemployed people's time and stuff)」であると述べる。いま読んでいる別の本*1では、UberやAirbnbはシェアビジネスでもなんでもなくて、単なるアグリゲートビジネスだと述べている。
 
では、消費者はUberのテクノロジーをボイコットして、従来の規制に保護されたタクシー業を守るべきなのだろうか。
 
そうではなく、独占型のプラットフォームではない新しいプラットフォームの構築にテクノロジーを活用すべきというのが本書の主張になる。*2
 

デジタル分散主義/Digital Distributism

ユニオン・スクエア・ベンチャーズのフレッド・ウィルソンは、近年のテック系起業家たちが、インターネットのポテンシャルを実現することよりも独占状態を作り出して市場価値を抽出すること(extract)を重視していると懸念している。本書でも紹介されている2014年のブログには以下のように書かれている。
 
For all of its democratizing power, the Internet, in its current form, has simply replaced the old boss with a new boss. And these new bosses have market power that, in time, will be vastly larger than that of the old boss.
現在のインターネットは、その民主的なパワーを全て使って、古いボスを新しいボスに置き換えた。そして、この新しいボスたちは古いボスよりもさらに巨大な権力をいずれ市場で持つことになりそうだ。
 
フレッド・ウィルソンは、中央集権的なプラットフォームを持つ新しいボスのひとりであるUberとは別に、Sidecarというスタートアップにも出資をした。
 
同社は2016年1月にGMに買収されてサービスを停止してしまったようだが、コンセプトは「P2Pのライドシェアアプリ」だった。ユーザーは事前にドライバーを予約する。価格が自動決定されるUberとは異なり、ユーザーとドライバーが直接交渉して価格を決める。Uberほど便利ではないが、たとえば近所の誰かに乗せてもらって毎週末買い物に行きたい高齢者などの利用を想定するサービスだ。
 
ラシュコフはこうした分散型のプラットフォームこそ未来の経済にふさわしいと主張する。デジタル産業主義(Digital Industrialism)からデジタル分散主義(Digital Distributism)へ。それはブロックチェーンやP2Pなどの分散型技術を基盤とする経済であり、既存ビジネスの価値の破壊ではなく、価値の交換のために最適化される。
 
ダグラス・ラシュコフ著'Throwing Rocks at the Google Bus: How Growth Became the Enemy of Prosperity'は2016年3月に発売された一冊。日本語版の発売予定は不明。
 
なお、この記事では抽象的なコンセプトを拾ったけれど、P&Gが実現したパートナーとの共同研究開発など、独占的でない分散型プラットフォームの具体的な事例なんかも本書には描かれている。*3

*1:ドン・タプスコットのブロックチェーン・レボリューション。こっちもいずれ記事にするかも

Blockchain Revolution: How the Technology Behind Bitcoin Is Changing Money, Business, and the World

Blockchain Revolution: How the Technology Behind Bitcoin Is Changing Money, Business, and the World

 

 

*2:なお、この記事では本書に沿ってUberをGoogleばりの独占企業みたいに書いたけれど、実際はライドシェア市場の動向は検索市場ほどひとり勝ちで固まってはいない

*3:以下はP&G事例の参考記事。ラシュコフの本書での枠組みに当てはめて簡単に言うと、研究開発技術を持った小さな会社があったとして、そこを買収して自社への技術の集中と独占を強化するアクションは「独占プラットフォーム的」。それに対して、P&Gは他社の技術を買うのではなく長期的なパートナー関係を築いて共同で研究開発を行う「分散プラットフォーム的」な仕組みを作った、という話