未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

トランプが大統領になれない構造的な理由 - 2016 and Beyond by Whit Ayres

2016/11/9 追記:
トランプ勝っちゃいました。
3月に書いた以下の記事はそのまま残しておきます。

 

http://ecx.images-amazon.com/images/I/518oAuyO-wL._SX339_BO1,204,203,200_.jpg

Whit Ayres “2016 and Beyond: How Republicans Can Elect a President in the New America”

 

ドナルド・トランプは共和党指名を獲得できても大統領選には勝てない。

 

本書2016 and Beyoundは、誰が共和党の予備選に立候補するか決まっていない2015年2月の時点で発表された一冊である。著者のWhit Ayres(ウィット・エアーズ)はNorth Star Opinion Researchという共和党系の調査会社の代表を務める世論調査の専門家。本書のサブタイトルは「どうすれば『新しい』アメリカで共和党候補を大統領にできるか」である。ポイントは以下の通り。

  • 共和党は過去6回の大統領選の得票率で5回負けている(ブッシュが勝った2000年も一般投票の得票数ではゴアの方が多かった)
  • 2016年の大統領選でも共和党は苦戦が予想されるし、2020年以降は勝つのがさらに難しくなる可能性が高い
  • その最大の理由は、共和党がアメリカの人口構成の変化に対応できていないからである
  • 共和党の支持層の中心である、年齢の高い白人、ブルーカラーの白人、地方在住者などの人口割合は減少し続けている
  • 共和党の支持率が低い、ヒスパニックや黒人や若年層などの人口割合は増加し続けている

 

本書の存在は映画評論家の町山智浩さんが以下の音声配信で紹介していて知った。町山さんのこの選挙解説シリーズは有料だけど毎回めちゃくちゃ面白い。その紹介に感動したのでネタ元を読んでみた次第。

 

トランプが挑む「無理ゲー」 

予備選をめぐる報道では共和党の誰が指名を受けるかに焦点が当てられているが、本書の分析によれば誰が指名を受けようと本選で勝つのは難しい。

 

まず、人種別の有権者割合を見ると、2016年の大統領選挙では69%が白人で31%が非白人と予想される(ここでの「白人」にはヒスパニックは含まれない。以下同じ)。この記事では単純化して、合衆国が10人の村だとしてその内7人が白人で3人が非白人だとしておく。この中から5人を超える支持を取れれば勝ちだ。専門的にはスイングステートがどうこうといった争点があるのだろうが専門家じゃないので無視する。

 

 

さて、共和党は白人層の支持が高い。 2012年のミット・ロムニーは過去のどの共和党候補よりも白人の支持を集めていた。彼が得た59%という白人内の支持割合はオバマの39%を圧倒していて、これは1980年にレーガンがカーターに勝った時よりも高い割合だった。もし2016年の候補者も同じ割合の支持を得られるとすると、7人の白人のうち59%、ざっくり丸めて4人は共和党に投票する。

 

 

これで5人まであと1人だ。残りの非白人3人のうち1人の支持を得ればよい。

 

ところが、これがとても大きなチャレンジになる。2012年のロムニーはわずか17%しか非白人の支持を得られなかった。逆に言うと、民主党のオバマの勝因はヒスパニックや黒人など非白人層からの8割を超える圧倒的な支持だったのだ。ヒラリー・クリントンはこの支持をオバマから引き継いで今のところ維持している。共和党の候補が大統領選に勝利するためにはこの非白人層の支持を民主党候補から奪わなければならない。トランプ(やテッド・クルーズ)のように人種差別的な姿勢を売りにするのは、共和党内での支持拡大にはつながるかもしれないが本選で勝利するためには逆効果な態度と考えられる。

 

 

 

じゃあ、白人からの支持をさらに上積みすればいいのではないか?けれど、もし非白人層からの支持がロムニーと同じ17%だとすると、2016年の候補は白人から65%以上の支持を得ないと勝てない。これを達成したのは、過去40年で1984年のロナルド・レーガンただ一人だ。しかも、オバマに比べてヒラリーは白人からの支持を伸ばすかもしれないので、65%以上の支持を得るのはかなり難しいと予想される。

 

そして、ここからが重要だが、長期的に考えると白人からの支持増加を目指すのはジリ貧になる戦略だ。 白人の人口割合減少というトレンドは今後も続くからである。

 

減り続ける白人と使い古されたビジネスモデル

 

上のグラフは本書でも使われているアメリカの国勢調査局による人種別の人口構成の予測である*1。白人は2045年頃に50%を割り、非白人の合計の方が多くなる。ちなみにヒスパニックは大幅に増加するけれど黒人の割合は微増の見通し。

 

共和党は白人に強くて非白人に弱い。この現状は、縮小していく市場では勝てているが成長市場で勝てていない企業と同じだ。本書は共和党の今の運営を「使い古されたビジネスモデル」(worn-out business model)と呼んで変革を呼びかける。

 

個人の自由の尊重、自由な企業、小さな政府、機会の平等。こうした共和党のコアの理念は、本来ならば人種と関係ないはずだ。正しい候補者、正しいメッセージ、正しいトーンで戦えば共和党は新しいアメリカでも大統領を当選させられるはず。具体的に何をすべきで何をすべきでないか、社会保障や移民問題や同性婚や中絶といったアジェンダごとに本書は提言を行う。

 

でも、今回の大統領選を見ていると、この変革にはどうもジレンマがありそうだ。繰り返すけれど本書はトランプ登場前に書かれている。というかトランプの名前なんて一回も出てこない(そりゃそうだ、だって元々共和党員じゃないし)。一方で、キューバ系移民のルーツを持つマルコ・ルビオをヒスパニックの支持を得るための有望株として挙げている。著者のウィット・エアーズはルビオのアドバイザーも担当していたようだ。けれど、そのルビオはトランプに散々コケにされた挙句、地元のフロリダ州を落として撤退を表明した。ウィット・エアーズも今頃きっと涙目だろう。

American Dreams: Restoring Economic Opportunity for Everyone

American Dreams: Restoring Economic Opportunity for Everyone

(アメリカンドリームスよ、いつかもう一度。。) 

 

民主党候補に勝つためには従来の共和党と違う新しい主張の新しい人を出さないといけない。けれど、そうすると共和党内の予備選には勝てないかもしれない。ここに共和党のジレンマがある。若者向けに新しいメニューで勝負したいけれど長年ごひいきにしてくれているお得意様やその子どもたちからは「いつもの味を」と求められている老舗のレストランみたいな話。そしてトランプは老舗にいきなり乗り込んできてごひいき筋を横取りしているだけで、共和党に新しい客を定着させるわけではない。

http://mandarake.co.jp/information/column/iwai/food/029/p14.gif

http://mandarake.co.jp/information/column/iwai/food/029/p21.gif

(老舗に乗り込み大暴れする人のイメージ 岩井の本棚 | コラム | まんだらけ

 

長期的なトレンドを知っておくメリット

これを書いている2016年3月時点では今年の選挙結果がどうなるかまだわからない。CNNが"It's over; Trump is going to be the Republican nominee"と白旗をあげたりしているけれど、指名争いが長期化してトランプは共和党の大統領候補に結局なれないかもしれない。

 

反対に、今の勢いのままトランプが候補になり、さらには退屈で不人気なヒラリー・クリントンを相手に人口構成上の予測をひっくり返して勝利を収め大統領になってしまうかもしれない。そして4年後、2020年に彼の再選をラッパーのカニエ・ウエストが阻止したりするかもしれない!

http://www.newyorker.com/wp-content/uploads/2015/09/CoverStory-9-14-15-1200.jpg

Cover Story: Kanye West’s 2020 Vision - The New Yorker

(注:カニエ・ウエストが昨年夏に「2020年の大統領選に出たい」と言い出したときのニューヨーカー誌の表紙。TRUMP DEFEATS KANYE(トランプがカニエを敗る)という見出しの新聞を笑顔で掲げるカニエ。これは、ハリー・トルーマンが1948年に下馬評を覆して大番狂わせで大統領選に勝利した際、彼の負けと思い込んでDEWEY DEFEATS TRUMAN(デューイがトルーマンを敗る)という誤報を刷ってしまった新聞があり、それをトルーマンが笑顔で掲げたというエピソードのパロディ。すばらしく知的でまわりくどい)

 

目先の選挙結果がどうなるかは予想できないけれど、ひとつ確かなこととして、人口動態のトレンドは大きな戦争でもなければ変わりにくい。そして、これをこの記事で一番言いたいのだけど、長期的なトレンドを知っておくことは人を冷静にする。

 

人口動態の背景を知っておくと、たとえばメディアに「トランプ大統領が生まれたら世界はどうなってしまうんだ!」みたいな扇情的な記事が出ても一歩引いて見ていられるはず。また、トランプが党指名を得て大統領候補となった場合にヒラリーと繰り広げるであろう各種の泥仕合や茶番も冷静に眺めていられると思う。なぜなら、トランプの過激な発言や彼への熱狂を支えているのは、没落していく白人の「不安」に過ぎないかもしれないのだから。

 

・・というか、本書を読んで、個人的には冷静になるのを通り越して大統領選関連のニュースはもう11月までチェックしなくてもいいやという気分になった。町山智浩さんの解説シリーズだけ聞きたい。

 

おまけ:2050年の世界とアメリカ大統領

さて、最後に本書を離れて余談。上に引用した将来の人口構成を見て、アメリカってこんなに変わるのか!と思ったが、2050年にはアメリカを取り巻く世界の方も大きく変わっている。

 

中国はGDPでアメリカを大きく引き離して1位になるが、人口は2025年頃に減少に転じる。労働人口が世界一になるインドはGDPでアメリカと肩を並べるかもしれない。人口増加の中心地域であるアフリカからナイジェリアとタンザニアが大国になり、それぞれ4億人と1.4億人ほどの人口を抱える見通しである。*2

 

2050年の世界ではどんなビジネスが盛んで、どんなバックグラウンドを持つ俳優のどんな映画が流行っているのだろう。「インディペンデンス・デイ」ではビル・プルマン演じるアメリカ大統領さまが人類を代表してありがたいスピーチをしてくださっていたけれど、2050年には、共和党か民主党かに関係なく、世界にとっての「アメリカ大統領」の位置付けがそもそも変わっているかもしれない。

(♪ビル・プルマンの演説通り その日が人類の独立記念日

 

ちなみに、みなさまご存知の通り日本は地味にかつ着実に人口が減り続けて2050年には1億人を割り込む。GDPはインド、ブラジル、インドネシアなどに抜かれて8位ぐらいになる見込み。平均年齢は50歳を超えて、人類未踏の高齢国家として末枯れた(うらがれた)荒野を行く。おつかれ、日本。

*1:2012 National Population Projections: Summary Tables - People and Households - U.S. Census Bureau *Table6がソースのデータ

*2:ソースは以下の書籍など。

2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する (文春文庫)

2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する (文春文庫)