未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

寝なくて平気は自覚がないだけ - Why We Sleep by Matthew Walker

Why We Sleep: Unlocking the Power of Sleep and Dreams (English Edition)

 

わかっちゃいるけど寝てられない。

そんな人が読むべき本。

 

神経科学者で心理学者のマシュー・ウォーカーによる本書"Why We Sleep"は、睡眠の重要性を詳述する。睡眠不足は認知能力の低下を招くだけでなく、肥満や高血圧から免疫不全や癌まで健康上のリスクを増大させる。

 

重要なポイントとして、睡眠不足の悪影響は、単なる統計的な相関関係ではなく、具体的な因果関係で語れるようになってきている。これはMRIをはじめとする脳活動の測定技術がもたらした進歩だ。「n時間未満しか寝てない人はこの病気にかかる人が多い」ではなく、「n時間未満しか寝てない人は、脳のこの働きが抑制され、それがこの病気の原因と考えられる物質を脳に蓄積させる」といった因果関係に迫りつつある。

 

「脳のこの働き」と書いたけれど、寝ているときに脳と体はまさに働いて仕事をしている。睡眠とは覚醒の不在ではない。ウォーカーは「睡眠を8時間取るべき」が持論だ。その理由を本書は複数語るが、乱暴に要約すると、睡眠が自らの仕事を終わらせるのに8時間かかるからと言える。会社で8時間の仕事を4時間で終わらせてと急に頼まれても困るのと同じように、睡眠も短くなったら仕事を終えられない。


厄介なことに、睡眠不足による能力の低下を人は自分が思っているほど正確には認識できない。「自分は酔ってない」と言う酔っぱらいと同じである。本人が自覚する以上に認知能力は低下することをウォーカーは研究で明らかにする。ちなみに、米国でのデータだろうが、居眠り運転による自動車事故の数は酒とドラッグによる事故を足した数を上回るという。

 

そして、軽視されがちだけど大事で、睡眠にしかできないのは、(負の感情を)忘れるという仕事だ。

 

ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)はストレスの原因になる神経伝達物質だけど、REM睡眠の間だけ完全に遮断される。一方でREM睡眠の間に記憶は整理される、ストレスの感情抜きで。この仕組みにより、昔のいやな記憶を思い出しても、当時の負の感情までは甦らない。これが、ウォーカーが語るオーバーナイト・セラピー論で、睡眠は精神の鎮静剤と本書は語る。

 

だから、いやなことがあったらさっさと寝るのは現実逃避じゃなくて科学的で合理的な作戦なのだ。出来事の記憶にこびりついた感情の記憶を洗い流して、感情と分離された現実と向き合えるようになるのだから。

 

マシュー・ウォーカー著"Why We Sleep"は2017年10月に発売された一冊。日本語版「睡眠こそ最強の解決策である」も2018年5月に発売される。


ちなみにウォーカーは、学生が徹夜で詰め込み勉強するのを防ぐために大学のテストを分散して小規模に行うらしい。また、本書について、読みながら眠くなったら眠ってもいいとすすめている。この記事もさっさと終わりにする。おやすみなさい。

 

Why We Sleep: Unlocking the Power of Sleep and Dreams (English Edition)

Why We Sleep: Unlocking the Power of Sleep and Dreams (English Edition)

 
睡眠こそ最強の解決策である

睡眠こそ最強の解決策である