未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

アオアシのように「考えすぎ」でありたい

アオアシ(30) (ビッグコミックス)

 

技術は下手くそ。足は遅い。体も小さい。

でも、天性の視野の広さと、それに裏付けられた思考力、そして周りを巻き込む行動力がある。

 

サッカー漫画『アオアシ』の主人公はそんな設定のキャラクターだ。毎巻ほんとうに面白くて、最新の30巻も最高だった。単行本が出るたびに、一時間ぐらいで読み終わるけれどその後で何周も読み返してしまう。

 

あちこちで言われている事だろうけれど、「プロになるための機関」であるクラブユースを舞台にしている事もあって、スポーツ漫画としての面白さだけでなく、ビジネスにも通じるような話がいっぱい出てくる。言語化による共有の重要性とか、プロの時間の価値とか。

 

*時間の価値が違う、というパワーワード。なお、本記事では出版社公認でコマ投稿ができる「アル(alu)」を使ってコマを引用します

 

もっと言うと、思考力と行動力で未来を切り拓いてゆく姿って、実はスポーツよりもビジネスの世界により当てはまるのかもしれない。マンガと違って、実際のスポーツの世界は天性のフィジカルや才能が勝負を左右してしまう要素がかなり大きいのではないかと思われるからだ。

 

一方、ビジネスの世界こそ、思考力と行動力を磨けばいくらでも成長できる世界だと思う。ある程度のキャリアを重ねた人は、職場で「はじめは全然ダメだった人が意外なほど化けて成長した」という機会を目にした事が無いだろうか。ビジネス書なんかを読むと「私は最初こんなにダメな人間でした。それでも成功できました」という説明がテンプレのようによく出てくる。それはその後に続く「その成功の秘訣を読者だけに教えます」というもうひとつのテンプレとセットの場合が多いのだけれど、何十パーセントかは真実でもあると思う。

 

さて、アオアシの28〜30巻では、そんな「考え続ける事で成功した人」の化身とも言えるような「司馬さん」という40歳の元日本代表のキャラクターが登場する。

 

 

親子ほど歳の離れた16歳の主人公アシトがトップチームの練習に参加してこの「司馬さん」と交感する一連のシーンが最高だった。ちなみに、この「プロチーム練習参加編」は、公式戦でも何でもないただのクラブ練習の数日間を描いているのだけど、カタルシスの無さそうな練習の場面を中心に描いてこんなに面白い漫画ってすごくないだろうか。

 

そして、マンガのストーリー上はあまり重要なシーンではないのだけれど、若き日の「司馬さん」がチームメイトに「考えすぎ」とからかわれる回想シーンがとても印象的だった。

 

 

この「そんなことまで考えてんの?」というセリフって、最高のほめ言葉ではないだろうか。

 

なぜならば、どんな仕事でも、他人に「そこまで考えていなかった」と思わせるくらい、または「自分以上にこれを考えている人はいない」と自負できるくらい考えていないと、大きな価値って出せないと思うからだ。

 

「あそこまで考えて料理を出している飲食店は無い」

「あそこまで考えて製品を作っている企業はいない」

「あそこまで考えて顧客と話している人はいない」

ーーーこれらは全て最高の賛辞だ。

 

また、例えばミドリムシを活用した食品や化粧品で知られるユーグレナ社CEOの出雲充氏は、約10年前の2012年の著書『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。』の中で、「いま世界で、自分ほど、ミドリムシについて真剣に考えている人間はいないはずだ」という確信があったから事業を続ける事ができたと語っている。

 

少し脱線するけれど、新潮社のForesightに書かせてもらっている未翻訳本紹介の連載で、『Ideaflow』(アイデアフロー)という本をとりあげた。同書は「クリエイティビティとは何か?」という問いに対して、強烈にシンプルな定義を掲げる。いわく、クリエイティビティとは「量」である。一定時間内に出したアイデアの量、それがその組織や個人の創造性を測る指標だ。クリエイティブになりたければ(質は無視して)とにかくアイデアの数を出せ、と同書は推奨する。

 

アオアシの司馬さんは考える量のクリティカル・マスというか臨界点を超えたときに「ピッチ上の21人、俺よりは考えていない」という感覚を抱く。他人に「そんな事まで考えている奴はいない」「考えすぎ」と言われるほど考え続けられたら、こんな境地に達するのかもしれない。

 

 

 

最後に余談だけど、ユースの選手であるアシトがプロの選手に自分の意見を正面からぶつけて、「怒られるかな」と思っていたら「それでいいぞ」と受け入れられるシーンも感動した。なんかこれも一定以上のキャリア年齢の人間にとってグッとくるシーンではないかと思う。