未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

【まとめ】エトガル・ケレットと「あの素晴らしき七年」

 

2016/06/06追記

「あの素晴らしき七年」の訳者の秋元孝文さんがこのブログを紹介してくださいました!

秋元孝文 On the Road to Nowhere: エトガル・ケレット 『あの素晴らしき七年』 書評情報

あの素晴らしき七年 (新潮クレスト・ブックス)

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

黄色い本 (KCデラックス アフタヌーン)

(注)個人的な「黄色い本」3きょうだい。どれかを好きな人には他もオススメ。どこかの書店さんで悪ふざけで並べてくれないだろうか・・

 

ここ最近、イスラエルの作家エトガル・ケレットと彼のエッセイ集「あの素晴らしき七年」についてばかり書いたので、まとめ記事を作っておく。

 

理由は、個人的な備忘メモのため、というのはウソで、読んでくれる方が記事を探しやすいようにしておくため、というのもウソで、この本が好きすぎて恋をして移入して帰依しているのでちょっと一回まとめて区切りをつけておかないと他の本が読めなくなりそうなため・・

 

過去記事まとめ

というわけでこの本とケレットについて書いた文章のまとめ。アップした順番とは少し入れ替えている。

 

  1. まず、本書を全力でほめたやつ

  2. 続いて、このブログではないがアマゾンに投稿したレビュー。こっちは映画の予告編みたいなイメージで書いた(つもり)

  3. そして、派生記事で彼の執筆ルール集の紹介。各ルールの説明の語り口が「ケレット節」である
  4. 最後に、本書の背景を知りたい方向けにインタビュー記事の抄訳

 

以上まとめ終わり。どれも本書を少しでも広めたくて書いたり訳したりしたものだけど、もし上の1〜4をすべて読んでも本書に何の興味も湧かなかったらこのブログが興味を持たせるのはギブアップなので、あとはもっと影響力のあるブロガーさんとか又吉直樹さんとか村上春樹さんとかローマ法皇とかが本書をオススメしてくれないかと待つ(もしホントにローマ法皇がイスラエルのユダヤ系作家の本に言及したりしたら大事件なのだろうけれど)。

 

と言いつつ、最後にもう少しだけ念押ししておく。個人的に本書で一番シビれた点は、登場人物たちが実践していて、本書の文章表現自体も実践している、「どんなにひどい状況になっても、笑いを見つけることで人間は尊厳を保てる」という姿勢である。

 

V.E.フランクルの「夜と霧」の中で、裸にされて車両に押し込められたユダヤ人たちが、自分たちはガス室に連れて行かれるのではないかと思い絶望するシーンがある。でも行き先は実は別の場所と分かり、彼らは歓喜する。で、歓喜したあとに、彼らはちょっと可笑しくなる。今日は違ったというだけで明日ガス室に連れて行かれるかもしれず、その状況は全然変わっていない。なのにやっぱり喜んでしまう。どんなひどい状況でもそれが少しマシになっただけで喜びを見出してしまう自分たちが、笑えてくる。「夜と霧」の中で一番人間の尊厳を感じたシーンだった(手元に本がないので記憶の改ざんが入っている可能性あり。全然違うシーンだったらごめんなさい)。

 

ケレットの本書で描かれる笑いもこれに通じると思う。状況をコントロールすることができなくても、その状況に笑いを見出すことはできる。笑いを見つけることに人間の精神の自由があって、それは誰にも奪えない。

*以下の引用は、舌にがんが見つかったケレットの父と医師とのやりとり(本書より)

手術に無事耐えたとしても苦痛とリハビリが続くんです。人生の質(引用注:ルビでクオリティ・オブ・ライフ)が大きく損なわれます。

「わしは人生を愛しとる」と父は医者に向かって譲らない笑顔を見せていった。「もし人生の質が良ければそりゃ結構。質が悪けりゃ、それはそれで仕方ない。えり好みはせんよ。」

"It's the suffering and the rehabilitation if you survive it. We're taking here about an enormous blow to your quality of life."

"I love life." My dad gave her his obstinate smile. "If the quality is good, then great. If not, then not. I'm not picky."

 

↓エトガル・ケレットと、彼の父と息子の三世代写真

 

以上、念押しおわり。なお、エッセイ集である本書以外に、ケレットには5冊の短編小説集があるらしい。日本語訳が出ているのは今のところ「突然ノックの音が」1冊のみ。残りは英語版がKindleで手に入るので(原書はヘブライ語)、そのうちこのブログで紹介するかもしれない。ここに脚注を書きます。手始めに、「リストカッターズ:ラブ・ストーリー」という日本未公開映画の原作が入っている以下を読みたい。当該原作は、自殺した人だけが集まる死後の世界が舞台の連作短編である・・*1

The Bus Driver Who Wanted to Be God & Other Stories

The Bus Driver Who Wanted to Be God & Other Stories

 

 

おまけ:イスラエルの経済について知る一冊

さて、本書は表立って政治的な主張をする本ではないけれど、本書を好きになって、今まであまりちゃんと知らなかったイスラエル(と、パレスチナ)の政治や経済の歴史についても知っておきたくなった。

 

まずは基礎の基礎として手軽なWebまとめ記事を読んだ。

 

政治についてはあとは高橋和夫さんとかの入門書や新書をとりあえず読んでおこうかなと思うけれど、経済の歴史について、以下の本が面白かった。

アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?

アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?

  • 作者: ダン・セノール,シャウル・シンゲル,宮本喜一
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2012/05/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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人口は800万程度、でもひとりあたりのベンチャーキャピタル投資額やGDPに占める民間の研究開発費は世界一(2008年時点のデータ)の、「スタートアップネーション」であり「ベータ版の国」であるイスラエル経済についての一冊。ウォーレン・バフェットがアメリカ国外ではじめて買収した企業はイスラエルの工作機械メーカー・イスカル社だったらしい。

 

そしてこの「アップル、グーグル・・」にイスラエル元大統領のシモン・ペレスが序文を寄せているのだけど、これはこれで美文だったりする。

その昔、われわれユダヤ人の祖先がエジプトからイスラエルの旅で横断したのは、広大な砂漠だった。そして現代、戻った祖国に待ち受けていたのもまた砂漠だった。われわれは完全に生まれ変わらなければならなかった。貧しい土地に帰ろうとする貧しい人間として、われわれは、欠乏というものの豊かさに気づいた。

ー「アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?」序文より(シモン・ペレス)

 

彼の地にいつか行ってみたい。

気軽に行けるような日が来るのか分からないけれど。

 

*1:

*2016/12/26追記:未訳短編集を読んで別記事にまとめたよ!