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未翻訳ブックレビュー

Lost In Bookish Rambles. 日本語版発売を待たずに本を紹介するページです

地獄では死が希望になる - イーユン・リー初エッセイ本

Dear Friend, From My Life I Write to You in Your Life

Dear Friend, from My Life I Write to You in Your Life by Yiyun Li

 

「あなたの気持ち、分かるよ」

「あなたのためを思って言っている」

「ネガティブに考えないでいい事に目を向けて」

 

そんな言い方をされて、嬉しくなるのではなくイラっとしたり不快になった経験がある人は、イーユン・リーの本を気に入るかもしれない。入院した病院のメンタルヘルスワーカーと彼女は次のようなやりとりをする。

 

どうして泣いていたの?
Why did you cry today?

 

悲しくて、と私は言った。
I'm sad, I said.

 

それはわかっている。私が知りたいのは何があなたを悲しくさせるかよ。
We know you're sad. What I want to know is, what makes you sad?

 

私を悲しみの中にそっとしておいてくれませんか?私はそう言った。
Can’t I just be left alone in my sadness? I said.

 

1972年に中国で生まれて現在はアメリカで暮らす小説家であるイーユン・リーは、管理人にとっては大好きな作家のひとり。以前に短編を紹介したり、2016年の初来日時には川上未映子とのトークイベントに行ったりもした↓ 

 

 

目次

アンチ自伝作家

本書"Dear Friend, from My Life I Write to You in Your Life"は、彼女の初エッセイ集である。北京での生い立ちや、もともと免疫学を学ぶ学生として渡米した過去、母語である中国語を捨てて英語で小説を書き始めた経緯(仕事と家庭を抱えながら、10年近く夜中の0時から4時を執筆に充てていたらしい)などが語られる。メンターとして慕うウイリアム・トレヴォーをはじめとする他作家との交流や作品への論評も多数収録されている。

 

ただし、軸となっているのは、自身の2度の入院と自殺未遂の経験についての記述だ。本書に収録された8編のエッセイの中に、ある章ではメインストーリーとして、ある章では補足として断片的に配置されている。

 

本書の中でイーユン・リーは、自分は自伝的な作家ではない(I am not an autobiographical writer)と語り、小説のキャラクターが作者を投影していると読むことを拒否している。また、人間はものを書くときに生きるときと同じくらい嘘をつく(All people lie, in their writing as much as in their lives)とも語り、本書の内容を鵜呑みにするような態度を暗にけん制している。

 

とはいえ、本書で語られる死についての記述には、彼女の小説に見られるのと同じ逆説というか皮肉が見て取れる。

 

死でさえ希望になる地獄

彼女の長編小説第1作である「さすらう者たち」は、文化大革命終結から間もない中国の共同体を舞台としている。そこでは、共産党に批判的な行動を取った若い女性が密告され「国家の敵」として群衆の目にさらされながら処刑される。学校の生徒が群れをなしてその女性が処刑される大会に向かう描写とかはディストピアSFでも読めないぐらいエグい。

 

そうした苛烈な共同体を批判できる自由な存在として描かれるのが、幼女にばかり声をかけてヤバいやつ扱いされている男である。国家の敵を処刑する社会と、犯罪者すれすれの個人。さて「正常」なのはどっちだろう。そんな逆説的な状況がある。

 

こうした構図はイーユン・リー作品によく見られる。長編2作目の「独りでいるより優しくて」では、養子に入った家庭できょうだいからひどい扱いを受けて育った女が、やがて他人に心を閉ざして「何ものにも壊されない女」として生きていく。他人とは仲良くした方がいい、それは当たり前だけど、果たして他人が全員敵でもそうするべきか。

 

本エッセイ集で語られる自殺についての記述は、そうした皮肉の延長というか究極形に思える。自殺は悪い、それは当たり前だけど、じゃあこの世はそんなに良い場所だろうか。「記憶とは、誰も免れられないメロドラマ」(Memory Is a Melodrama from Which No One Is Exempt)と題された一編の中で、彼女は次のように語る。

 

死にたいという思いは、生きたいという思いと同じくらい盲目的で直感的なものだ。けれど、後者は疑問を持たれない。
One’s wish to die can be as blind and intuitive as one’s will to live, yet the latter is never questioned.

 

イーユン・リーは自殺を美化しているわけでも擁護しているわけでもない。彼女が表現しているのは、自殺でさえ希望になるほどのクソみたいな地獄にこの世がなり得てしまうという残酷さ(cruelity)だと思う。生きることの困難に対して免疫を持ち得るのは、生きないことだけ(Only the lifeless can be immune to life)、彼女はそう語る。

 

孤独になってもよいという「優しさ」

何がそんな残酷さをもたらすか?というと、他人をコントロールしようとしてしまう、人間の暴力性ではないだろうか。再び「記憶とは、誰も免れられないメロドラマ」(いいタイトルだなあ)という一編から引用する。

 

感情は、まるで通貨のように価値を持つ。人間は他人との関係において、彼らの感情をコントロールできると考えたがる。
But feelings carry value like currency. People like to think they have control over their feelings in connection with others.

 

人は言う。あなたの気持ちが分かります、あなたと同じく幸せです、あなたと同じく怒ってます。または、あなたは私の愛に値しない。同情に、尊敬に、憎しみに値しない。
I feel for you, I’m happy for you, I’m angry on your behalf, people say; or else they say, You don’t deserve my love, sympathy, respect, or hatred. 

 

こうした言葉で人は自分の地位を示す。やめたくなったら、または期待が満たされないなら、彼らは感情を抱くことをやめてよい。
These words reflect a status. Those who feel can stop doing so if they want; and they will, if their expectations are not met.

  

上述した「独りでいるより優しくて」という小説の原題は'Kinder Than Solitude'という。イーユン・リーの小説では、孤独(solitude)とはこうした他人のコントロールから身を守る繭のようなものである。だから、孤独と優しさ(kindness)はセットになる。

 

「他の中国の作家は歴史に対する責任を自覚している。あなたはもっと政治的な作品を書くべきではないか?」イーユン・リーはある批評家にそう訊かれたことがあるという。

 

本書で彼女は答える。自分は、中国でもアメリカでも与えられた筋書きを拒絶することに人生の大半を費やしてきた。他人の意思によって規定されることへの拒絶、それだけが自分の唯一の政治的な表明だ。(I have spent much of my life turning away from the scripts given to me, in China and in America. My refusal to be defined by the will of others is my one and only political statement.)

 

イーユン・リー著"Dear Friend, from My Life I Write to You in Your Life"は2017年2月に発売された一冊。日本語版の発売予定は不明。ちなみに、上述のウイリアム・トレヴォーを除くと、言及される数多くの作家はセネカとかモンテーニュとかキルケゴールとかツルゲーネフとかチェーホフとかのいわゆる「古典文学」作家たちで、「19世紀の作家みたいとよく言われる」と彼女が来日時のトークイベントで語っていたのが納得の内容だった。

 

一方で、子ども時代の北京では公衆電話の前に係の人間がいて電話の内容をずっと聞かれていたという描写があるのだけど、以下のツイートなんかを見ると、その時代の中国と現代ってあんまり変わらない相互監視社会なんじゃないかという気がして、孤独の大切さを描くイーユン・リーの作品は現代的でもあると思う。

 

 

最後に個人的な意見だけど、イーユン・リー作品に見られる「共同体への嫌悪」や、そこから身を守るための「プロテストとしての孤独」という要素は、時代も国も文体も全然違うけれど「コインロッカー・ベイビーズ」や「愛と幻想のファシズム」を書いていた頃の村上龍なんかに通じると思う。村上龍ってあんまり海外文学とか読んだりしなさそうだけど、誰かオススメしてみてくれないだろうか。気に入ってくれるんじゃないかと思うのだが。。

 

Dear Friend, from My Life I Write to You in Your Life

Dear Friend, from My Life I Write to You in Your Life

 

 

独りでいるより優しくて

独りでいるより優しくて

  • 作者: イーユンリー,篠森ゆりこ
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2015/07/02
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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