未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

親が子にできるだけのこと - The Best We Could Do by Thi Bui

The Best We Could Do: An Illustrated Memoir

Thi Bui - The Best We Could Do: An Illustrated Memoir

 

親が子どもにすることには正解がない。

 

ベトナム系アメリカ人作家Thi Bui(ティ・ブイ)は、自らの出産を機に両親の過去の足跡をたどる。本書は、ベトナムの歴史と彼女の家族の履歴が交差する自伝的なコミックである。 絵のタッチは本人が自作を朗読する以下の動画でも見られる。

 

*観客に吹き出しのセリフを朗読してもらう、という朗読会

 

彼女の家族はベトナム戦争後の1978年にアメリカに移住した。フランスの支配時代から日本の進駐時代を経てそこに至るまで、ベトナム内部の視点から歴史がひもとかれる。本書を「2017年に読んだ魅力的な5冊」に挙げたビル・ゲイツは、「グッドモーニングベトナム」的な見方ではわからないベトナムのダメージが描かれていると本書を賞賛している。

 

 

本書の登場人物たちが語るのは、歴史的な事実の証言というよりは、自分の力ではどうしようもない出来事に個人がどう対処したかの記録だ。"Chessboard"という章で彼女は次のように語る。

 

幼い頃に父が作ってくれたチェスボードを私は今でも持っていて、そこには木製の駒がある。
"I still have the chessboard my father made when I was a kid, and the wooden set of pieces we played with.

 

(中略)

 

私たちは、チェスボード上のどの駒でもなかった。
...we weren't any of the pieces on the chessboard.

 

私たちはむしろ、巨人から逃げ急ぐ蟻のようなもので、生活を立て直すためにできるだけ危険から離れようとしていた。
We were more like ants, scrambling out of the way of giants, getting just far enough from danger to resume the business of living."

 

本書を読むと、親が子にできることの不確かさにビビらされる。幼少時のティ・ブイや身重の母を含む一家は、小さなボートでベトナムを脱出してマレーシアの難民キャンプに流れ着く。ボートがいつ手に入るかわからない、乗るかどうかいま決めないといけない、どこに着くかもわからない、そんな状況で家族をどう守るか決断を下す。結果を全く保証できない状況で意思決定しないといけないってマジかこの育児。

 

まえがきによると、ティ・ブイは本書を最初"Refugee Reflex"(難民の反射行動)と名付けようとしたらしい。ドアを必ずロックする、重要な荷物をひとまとめにしていつでも家を捨てられるようにするなど、彼女の家族が難民として身につけてしまった習慣を表す言葉だ。けれど、自分が描こうとしているのは親と子についてだと気付いて彼女はタイトルを"The Best We Could Do"(私たちにできた最善のこと)と変更したそうだ。

 

変更後のタイトルの方が状況を限定しない普遍的なものでよいと思う。自身も出産を経験して、彼女は子育てに不安になる。でもそこで"Keep him alive"(この子を生かせ)という声を聞く。母の声であると同時に自分の声だ。そして、自分の血に流れる過去の重みを彼女は感じる。それは、彼女の親やそのまた親たちが不確かな状況で積み上げてきた、「できるだけのこと」の重みである。

 

ティ・ブイ著"The Best We Could Do"は2017年3月に発売された一冊。日本語版の発売予定は不明。 

The Best We Could Do: An Illustrated Memoir (English Edition)

The Best We Could Do: An Illustrated Memoir (English Edition)

 

 

余談:いつもグッとくるシーン

最後にひとつ余談。

 

本書の中で、米国に移住したティ・ブイの両親がCETAと呼ばれる福祉プログラムを使って学校に通うシーンがある。

 

この、「移民や難民が移住先で勉強したくて学校に通う」というシーン、映画でもマンガでも(現実でも)いつも見るたびグッとくる。なぜかというと、勉強することが希望である、という純粋な状態が描かれているから。

 

最近読んだ「マッドジャーマンズ」というドイツのコミックでも、教育を受けていないモザンビークからの移民が図書館に通うようになり、社会人でも行ける学校を教えてもらうシーンがあった。

マッドジャーマンズ  ドイツ移民物語

マッドジャーマンズ ドイツ移民物語

 

*ティ・ブイのコミックとあわせてオススメ。モザンビークから東ドイツに出た移民がドイツでも受け入れられず故郷に帰っても疎外感を感じる。移民になることは、故郷を捨てて第2の故郷を作ること、ではなく、故郷をどこにも持たなくなることなのかもしれない

 

ちなみに、中国の出稼ぎ労働者に密着したワン・ビン監督のドキュメンタリー映画「苦い銭」を最近見たのだけど、こちらは、勉強する機会もなく、成長に取り残された人々を描くすごい映画だった。中国にどんな教育福祉プログラムがあるかは不明。