現実ばかりがリアルじゃない - 4321 by Paul Auster あと、騎士団長殺し by 村上春樹
Paul Auster - 4 3 2 1: A Novel
20世紀最初の日、東欧からひとりの移民が大西洋を渡った。ニューヨークのエリス島で入国の受付を待つ間、ロシア人の仲間が話しかけてくる。ここでは名前を変えた方がいい、アメリカでの新しい人生のために、新しい名前を名乗れ、ロックフェラーというのがいいぞ。
"Your name?"入国管理官に名前を訊かれた彼は焦る。さっき聞いた名前は何だったろう。苛立ったまま、彼はイディッシュ語で"Ikh hob fargessen!"(I've forgotten/忘れちまった)と答えた。こうして、"Ichabod Ferguson"(イカバー・ファーガソン)という新しい名前で彼のアメリカでの人生が始まった。2017年1月に発売されたポール・オースター7年振りの長編小説'4321'の最初のエピソードである。
この記事では、ポール・オースターと親交もある村上春樹が2017年2月に同じく7年振りに発表した長編小説「騎士団長殺し」も絡めて同書を紹介する。どちらについても、小説内で何が起こるかのネタバレはほとんど無いけれど、小説の構成、そして、何が説かれているかには言及する。予断を持ちたくない方は読まない方がいいかも。
ちなみに、上記の最初のエピソードをポール・オースター本人が朗読している動画がweb上で公開されている。
ではどうぞ。
続きを読む目次:
- アーチー・ファーガソンのバージョン違いの4つの人生
- 現実ばかりがリアルじゃない
- 起こった事と起こらなかった事
- 幻とのつきあい方
データが正義を殺すとき。'数学'破壊兵器とは - Weapons of Math Destruction by Cathy O'Neil
2018/5/9 追記
- 寄稿連載「植田かもめの『いま世界にいる本たち』」でも本書を取り上げました!
- 翻訳版「あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠」が2018/6/13に発売!
Weapons of Math Destruction: How Big Data Increases Inequality and Threatens Democracy
コンピュータは人を差別するだろうか?
本書"Weapons of Math Destruction: How Big Data Increases Inequality and Threatens Democracy"('数学'破壊兵器:ビッグデータはいかに不平等を助長し民主主義を脅かすか)は、人間の主観に頼らず客観的で中立的な分析を目指したはずのデータ活用に潜む罠を提起する。
データサイエンティストである著者のキャシー・オニールは根っからの数学オタク。ウォール街の金融機関でクオンツとしてはたらいていたが、リーマンショックとその後始末を経験して、数学モデルがなぜ不正義に加担してしまうかを考え始めた。
続きを読む目次
- 人間に頼らない司法判断
- WMDはチューニングされない
- フェアネスの価値はどれぐらい
- 教科書にないブラック英単語講座:clopener
ぼくのかんがえた2030年 - 日本と欧州がイスラム圏に加わって米露中と対峙する日
書評とあんまり関係ない、ただの思いつきのネタ。
'ちきりんの日記'の「日本はムスリム・フレンドリーな国になって留学生や観光客を引きつけるべき」という主旨の連載記事を読んで思ったのだけど、
最近のトランプ政権の、ロシアとエネルギー生産国ブロックを作って中東と対立しそうな勢いの動きとか、
マーシャル・プランとかから続く70年間の多国間主義を捨てて「外国で何が起ころうと知らん」という方針を見ていると、
ムスリムの留学生や観光客を引きつけるどころか、
もっと振り切って
「日本もいっそイスラム圏の国になるのが理に適っているんじゃないか?」
と思ってしまった。
そして、そこに「ヨーロッパの重心を南に移すこと」(ミシェル・ウェルベック「服従」より)を図った欧州の国が合流したらおもしろそう。
続きを読むビッグ・ミー、そしてモラルへの暗い道 - The Road to Character by David Brooks
2016/04/17 初出
2017/01/19 日本語版発売につき更新
デイヴィッド・ブルックス「あなたの人生の意味―先人に学ぶ「惜しまれる生き方」として発売
(先人を偲ぶこの本では絶対に取り上げられないであろう大統領が就任する日の4日後の2017/01/24に発売)
David Brooks "The Road to Character"
誰の心の中にも存在する2つの人格をめぐるノンフィクション。
「人格への道」という意味の本書は、エコノミスト誌の2015年ベスト本のリストにも選出されている。
広い意味では自己啓発本だけど、「こうすれば成功できる」「きっとあなたも成功できる」と説く本ではない。かわりに「失敗する自分の弱さを受け容れよ」と語りかける。
続きを読む黒い大統領の8年のダンス -(後編)オバマと踊った音楽と時代
*前編のラジオ番組風茶番↓からの続き
「俺たち大丈夫:人種と新たなる隔離について」(ジェフ・チャン著)(未訳)
目次
- さよなら、音楽好きの大統領
- おまけ1:ファクトチェック・オバマ
- おまけ2:オバマの8年にリリースされたブラック音楽8選
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黒い大統領の8年のダンス -(前編)カウントダウン・オバマ
「ヒップホップは死んじゃいない。ホワイトハウスで生きている」(サンフォード・リッチモンド著)(未訳)
やあみんな、お待ちかね!オバマのゴールデン・ヒッツを振り返る、カウントダウン・オバマの時間だよ!
お相手は僕、DJバリー(Barry)と、
MCミーシュ(Meesh)よ
書くことは、失敗すること - Ta-Nehisi Coates on Writing
「私のすべての作品において、失敗はおそらくもっとも重要な要素です。」
"Failure is probably the most important factor in all of my work."
「書くことは、失敗することだからですー何度も何度も、嫌というほど。」
"Writing is failure. Over and over and over again."
正月休みに読んだ「やり抜く力 GRIT(グリット)」(アンジェラ・ダックワース著・神崎 朗子訳)という本の中で紹介されていたTa-Nehisi Coates(タナハシ・コーツ)のコメントが印象的だったので紹介したい。
元動画は、ジャーナリストのコーツが米国で「天才賞」と呼ばれるマッカーサー賞を2015年に受賞した際に同賞のwebページにアップされたものだ。別の年にこの賞を受賞したアンジェラ・ダックワースは、「GRIT」の中で「これ以上ないほど的確に、『書く』という仕事について語っている」とこの動画コメントを紹介している。
コーツは語りのリズムがとてもパワフルなので、ぜひ動画も一緒に見ていただきたい。冒頭に引用した2つのコメントは動画のいちばん最初に語られる。残りの、以下に引用するコメントは動画の後半で語られるが、該当箇所(2分32秒あたり)からスタートするリンクも貼っておく。
なお、翻訳は同「GRIT」の日本語版から引用した。コーツのコメントがどこでどう紹介されているかは同書をぜひ読んでいただければと思う。
ではどうぞ。
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