黒い大統領の8年のダンス -(後編)オバマと踊った音楽と時代
*前編のラジオ番組風茶番↓からの続き
「俺たち大丈夫:人種と新たなる隔離について」(ジェフ・チャン著)(未訳)
目次
さよなら、音楽好きの大統領
スウェーデンの音楽ストリーミング配信サービス会社Spotifyのwebページにこんな求人広告が出された。
応募資格:
・・・
- 8年以上の国家運営経験
- 友好的で温かい人柄
- ノーベル平和賞受賞歴あり
「大統領を辞めたらSpotifyで仕事がしたい」とオバマがジョークを言ったことを受けてのジョーク返しだった。オバマとホワイトハウスは何度かSpotifyにプレイリストを提供していて、同社は彼に"President of Playlists"というポストを用意していると呼びかけた。
さて、2017年の1月でオバマの任期が終わる。オバマ時代の政策が良かったかどうかは歴史が評価するのだろうけれど(下のおまけにリンクしたファクトチェックを見れば概要は把握可能)、「音楽に理解のある大統領」という評価では、歴史上の大統領をぶっちぎって1位が確定のような気がする。
前編にベスト5として書いた茶番も、やろうとすればベスト10でもそれ以上でもできるほど、オバマと音楽に関するネタは多い。Pitchforkは「オバマの音楽的マイルストーン」という記事で、彼と音楽界とのかかわりを網羅的に振り返っている。
そして、こんなに幸せな「晩年」 を過ごしている大統領はいないのではないかというくらいオバマの退任は惜しまれていると思うけれど、それは彼の後継者のおかげでもある。ハフィントンポストの記事によると、オバマ政権が8年間(約400週間)に起こした失言や汚職などの「スキャンダル」は、まだ就任もしていないトランプが過去2週間だけで起こしたスキャンダルよりも少ないという。
オバマ比およそ200倍の回転速度でスキャンダルを量産するトランプの時代に何が起こるか、誰にもわからない。アメリカはスイングバック(揺り戻し)の国だと思うので、トランプが良い大統領になるならそれはそれで歓迎すべきだし、悪い大統領だったら次にまた全然違う人が出てくるのかもしれない(ブッシュの後でオバマが出てきたみたいに)。
それでも、新進気鋭のラッパーの、CDも出ていないミックステープのヴァイナルを持って微笑む大統領なんて、もう現れないんじゃないかと思う。
それっていつものことじゃない?失ってはじめて、何があったか気付くのよ
Don't it always seems to go. That's you know what you've got till it's gone.・・・
ジョニ・ミッチェルは嘘つかない
Joni Mitchell never lies.
おまけ1:ファクトチェック・オバマ
おまけ。factcheck.orgには"Obama's Number's"という定点観測記事があって、就任以降のオバマの実績を把握できる。
Obama’s Numbers October 2016 Update
前年にリーマンショックが起きた2009年から2016年までの任期中に、雇用は拡大して失業は減り、企業収益と株価は過去最高となり、社会保険に加入していない人の数はオバマケアにより減少した。そして、オバマは新しい戦争を始めなかった。
けれども貧困率に大きな改善はなく、財政赤字は拡大し、銃の製造数は倍増した。
おまけ2:オバマの8年にリリースされたブラック音楽8選
最後に、管理人が個人的な趣味で選んだ「オバマの時代ってこんなムードだったよな」と思う音楽を、歌詞のフレーズやオバマとの関連を交えて紹介。ほとんどはApple Musicなどストリーミングサービスでも聞ける。
ではどうぞ。
Life is better since I found you
君と出会って、人生は上々だ
- オバマの最初の大統領選挙(2008年11月4日)の前日にリリースされた、「ルネッサンス(再興)」というタイトルのアルバム
2. Kanye West - My Beautiful Dark Twisted Fantasy(2010)
I'm so gifted at finding what I don't like the most
俺は自分が大嫌いなものを見つけてしまう才能に溢れているんだ
3. Frank Ocean - CHANNEL ORANGE(2012)
Super rich kids with nothing but loose ends
スーパーリッチキッズは適当にやってるだけSuper rich kids with nothing but fake friends
スーパーリッチキッズにはウソの友達しかいない
- オバマの時代はスマートフォンなどのモバイル機器とソーシャルメディアが本格普及した時代とも重なる(フェイスブックのアクティブユーザ数は2009年の約2億人から2016年末に約18億人まで拡大した)。カニエ・ウエストなどのスーパーセレブや、富を手にしたスーパーリッチキッズは、ホントの友達とウソの友達から絶賛と罵倒を浴びて自我を拡張し続けている
4. Macklemore & Ryan Lewis - The Heist(2012)
And I can't change, even if I tried
変えようとしたって変えられないEven if I wanted to
変えたかったとしても変えられないMy love, my love, my love
私の愛は
- オバマは「ゲイ」という言葉を就任演説で使った最初の大統領になった(2期目の就任演説で言及)。LGBTの権利擁護を支持し、いくつかの州では同性婚が認められるようになった
- 白人ヒップホップデュオのマックルモア&ライアン・ルイスは、変えようとしても本人には変えられない"Same Love"(同じ愛)を歌って2013年にグラミー賞を受賞した
5. D'angelo & The Vanguard - Black Messiah(2014)
All we wanted was a chance to talk
話し合うチャンスが欲しかっただけ'Stead we only got outlined in chalk
それなのにチョークでフチ取りされてしまったFeet have bled a million miles we've walked
100万マイルを歩んだ足が血でにじむRevealing at the end of the day, the charade
結局わかってしまった、シャレード(まやかし)なのだと
- 黒人初の大統領だったオバマの時代に、人種間の緊張が高まった。2014年に丸腰の黒人青年が話し合うチャンスもなく白人警官に射殺された事件(ファーガソン事件)をきっかけに、Black Lives Matter(黒人の命も大事だ)と呼ばれる黒人の権利保護運動が起こった
6. Kendrick Lamar - To Pimp a Butterfly(2015)
We gon' be alright
俺たちは大丈夫だDo you hear me, do you feel me? We gon' be alright
聞こえるか、感じるか?俺たちは大丈夫なんだ
- 2015年にお気に入りのエンターテイメントは何かを聞かれたオバマはラッパーのケンドリック・ラマーの曲を挙げた。彼の'Alright'という曲はデモ行進でシュプレヒコールに使われたりもしている。2016年にはオバマ55歳の誕生パーティーにもラマーは招かれた
Okay, ladies, now let's get in formation, 'cause I slay
オーケー、レディース、フォーメーションを組もう。やっちまおうProve to me you got some coordination, 'cause I slay
力を合わせられるんだって見せて。やっちまおう
- オバマが自分の後の大統領に望んでいたのはヒラリー・クリントンだった。女性初の大統領を目指した彼女を数多くのアーティストが支持して、ビヨンセも投票を呼びかけた。結果、ヒラリーは史上最も多くの得票を集めた敗者となった
8. Chance The Rapper - Coloring Book(2016)
Daddy said I'm so determined
父は言った、俺には覚悟があるとTold me these goofies can't hurt me
あんなバカたちに傷つけられやしないと
- オバマの地元であるシカゴ出身のチャンセラー・ベネットは、チャンス・ザ・ラッパーとして有名になる前に、オバマに既に会っていた。彼の父がシカゴの上院議員だったオバマのオフィスで働いていて、息子のチャンスも連れて一家で面会したのだ。「自分はラッパーです」そう伝えていた13歳の少年チャンスは高校中退などを経てやがて成功したアーティストとなり、2016年にオバマの任期中最後の晩餐パーティに参加した。一緒に招かれたのは、父のケン・ベネットだった。