未翻訳ブックレビュー

Lost-In-Translation Book Review. 日本語版発売を待たずに本を紹介するページです

憎んでいるのでなく憎まされている

The Attention Merchants: The Epic Scramble to Get Inside Our Heads

 

The Attention Merchants by Tim Wu

 

'Post-truth'(ポスト真実、脱真実、ガセネタ)がオックスフォード辞典のワード・オブ・ザ・イヤー2016に選ばれた話や、WELQなどキュレーションメディアが非公開化した騒動を見ていると、PV数に応じて広告料収入を分配するインターネットのモデルってまだまだ改善途上なのだなと思う。

 

以前の記事で紹介した'I Hate the Internet'という小説の中に次のようなくだりがある。

 

人種差別は21世紀の有益な製品だ。なぜならばより多くの広告をもたらすから。そして、人種差別への反抗も有益な製品だ。やはり多くの広告をもたらすのだから。

 

2016年の今年、フェイスブックのリアクションボタンが「いいね」から「ひどいね」や「悲しいね」などに拡張された。これって、賛意から怒りや悲しみへの「販路拡大」なのだと思う。お金に色はないという言い方があるけれど、PV数にも(今のところ)色はない。クリーンでもダーティーでも、アテンションを集めればそれを広告主に売れる。

 

目次

広告付きの学校

コロンビア大学ロースクール教授のティム・ウーが著した本書'The Attention Merchants: The Epic Scramble to Get Inside Our Heads'(アテンションの商売人:頭の中に入り込むための大争奪戦)は、アメリカの公立学校における広告の実態を紹介するところから始まる。

 

自治体の財政危機により暖房も削減するほど予算がなくなったカリフォルニアのとある公立学校は、自分たちがとてもlucrativeな(お金になる)資産を持っていることに気付いた。それは、生徒たちである。学校と企業を代理店が取り次いで、企業から財政支援を受けるかわりに校舎内への広告掲載を許可する契約が結ばれた。

 

幼年期に形成されたブランドへの信頼は大人になっても持続すると信じる企業にとって、生徒たちは未来の顧客だ。かくして、校舎のロッカーや廊下に食品や日用品の広告がペイントされるようになった。こうした動きは2000年代の半ば頃から主に低所得の地域で起こっているという。フロリダのある学校では、通知表にマクドナルドのロゴが入っていて、成績優秀者はハッピーミールセットを無料でゲットできる。

 

これは学校という「聖域」に対する企業の侵犯だろうか。それとも学校と企業とのWin-Winの関係だろうか。是非はともかく、広告付きの学校は現実社会の縮図を子どもたちに教えている。それは「何かが無料で手に入るとき、製品はあなたなのだ」というレッスンである。

 

ティム・ウーが本書で概説するのは、「何らかの楽しみと引き換えに、人々の注目(アテンション)を集めて、それをスポンサーに売る」というビジネスの歴史だ。

 

それは、新聞・テレビ・PC・モバイルという「4つのスクリーン」を転戦しながら現在も続くアイボール(目線)の奪い合いであり、メディアと広告の200年史である。1833年、ベンジャミン・デイという人物が、それまで高所得者しか買えなかった新聞に広告を付けて、石鹸や歯ブラシと同じ値段で誰でも買えるようにした。本書は、新聞・テレビの時代から、グーグルやフェイスブックによる「広告を広告と思わせないようにする」テクノロジーの開発、さらには恐怖や怒りや不安といった感情を刺激して「バズらせるが勝ち」となった現代に至るまでのアテンションの奪い合いをカバーしている。

 

ジョージア(グルジア)のフェイクニュース工場

 

本書は2016年前半ぐらいまでに執筆されていたようだけど、発表があと1年遅かったらトランプ大統領の誕生も扱っていたはずだ。

 

Big Thinkというwebメディアで、ティム・ウーはトランプを'a master attention merchants'(アテンション商売のマスター)と呼んでいる。

トランプは過去の全体主義者たちが使ったのと同じテクニックで人々のアテンションを集めています。彼がファシズムの考えを持っていると言いたいわけではありません。でも、使っているメソッドは同じです。人々の無意識にある恐怖や嫌悪に語りかけて、それらに声を与えています(上の動画より抜粋)

 

トランプの当選とともにフェイクニュースサイトが話題になったけれど、ニューヨークタイムスに'Inside a Fake News Sausage Factory'(フェイクニュースのソーセージ工場の内側)というルポ記事があがっている。

 

カットアンドペーストでひき肉状態にした他サイトからのパクリコンテンツを、フェイクニュースというソーセージに詰めたのは誰だったのか。同記事では、東欧のジョージアに住む20代前半の若者を取材している。彼はヒラリー・クリントンを支持するサイトとドナルド・トランプを支持するサイトを両方立ち上げた。

 

Walkwithher.comと名付けたヒラリー支持のサイトがいまいち盛り上がらなかった一方で、トランプを支持するフェイクニュースは大量に閲覧されシェアされた。彼はグーグルのアドセンス収入が欲しかっただけなので、政治には興味がなかった。最盛期には月に$6,000以上の収入があった。トランプが大統領選挙に勝利してからPVが落ちているのが目下の悩みで、「ヒラリーが勝っていた方が彼女を攻撃する記事で稼げたかも」と考えているという。

 

トランプの政治テクニックは過去のリーダーが実践したものと同じかもしれない。でも、一般の人間がそれに加担してお金を稼げるようになったのは過去との違いだ。誰かに誰かを憎ませて、その炎上をお金に換える事が誰でもできる時代になった。

 

世界中の人々が私を憎みはじめた

私が彼らを愛していると言いはじめた時から

人々はおかしなものを褒めはじめた

例えば私がよく知っていることについて

実際に私がどんなことを話すかは重要とせず

人々は言葉と言葉の間のユーモア探しにだけ熱中した

- イ・ラン「世界中の人々が私を憎みはじめた」

 

ジャンクフード化する無料コンテンツ

 

とはいえ、フェイクニュースやヘイトに汚されないネットの仕組みは実は既にある。

 

それはサブスクリプションによるコンテンツとユーザーの囲い込みである。ティム・ウーは本書の後半で、現代は広告が我々の生活や感情にかつてなくディープに入り込んでいる一方で、アドブロックの技術を含めた広告を避ける仕組みもかつてなく進歩していると語る。

 

会員制のニュースメディアやネットフリックスはその代表である。また、サブスクリプション収入が全米のテレビ局の売上に占める比率は実は50%を超えていて、これはかつてなく高い比率であるという。

 

ティム・ウーはアナロジーとして食品の話をする。今では健康を害すると捉えられている砂糖たっぷりのソフトドリンクや加工食品も、20世紀に登場したときは安価で手軽な優良食品と考えられていた。Webメディアの世界も同じで、無料で楽しめるコンテンツを支えていた広告料収入モデルが、避けるべき「毒」とみなされるのかもしれない。

 

アメリカでは貧困層の子どもほどジャンクフードしか食べられなくて不健康で肥満になる傾向がある。メディアの世界でも、ジャンクな無料コンテンツを主食にする人と、オーガニックな有料コンテンツを嗜む人との間に分断が生じるのだろうか。ジャンクフードと同じで、たとえばフェイクニュースのコンテンツには人間以外の手で作られているモノも多い。

 

ティム・ウー著'The Attention Merchants'は2016年10月に発売された一冊。日本語版の発売予定は不明。なお、本書の存在はyomoyomoさんの以下記事で知った。

過去記事紹介:憎しみ3部作

最後におまけで、過去記事の「キュレーション」。今年書いたなかからこの記事に関連するものを紹介。いま考えた後付けだけど「憎しみ3部作」としておく。この記事をここまで読んでくださった方はぜひどうぞ。

 

  • この記事の本文でも言及した小説。イーライ・パリサー「フィルター・バブル」も紹介した記事

 

  • 相模原の障害者施設襲撃事件があった日が坂本慎太郎の新譜の発売日で、なんとなくつなげて書いた記事