未翻訳ブックレビュー

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ジュノ・ディアスとMeToo - その2 - セクハラ・パワハラ疑惑

こうしてお前は彼女にフラれる (新潮クレスト・ブックス)

 

ピュリッツァー賞作家ジュノ・ディアスの絵本を紹介した前の記事↑からの派生記事。

 

というか、ここからが本題。

 

前の記事を書くときにジュノ・ディアスの近況を調べてみたら、2018年の5月に彼に対するセクハラ・パワハラ疑惑が起こっていた。その経緯は次の1-4の通り。

セクハラ・パワハラ疑惑の経緯

1.

発端は女性作家Zinzi Clemmonsのツイート。彼女が開いた文学ワークショップの場で、ジュノ・ディアスが彼女を「追いつめて強制的にキスをした」("to corner and forcibly kiss me")とする内容のツイートが出された。

 

このツイートに複数の女性作家が続いた。作品について議論をしたときに20分にわたり怒りをぶつけられた、「レイプ」という言葉とともに罵られた、など。

 

2.

一連の告発の後、ジュノ・ディアスはエージェントを通じて「自分の過去について責任を取る」とする声明を発表した(ただし個別の告発には反応していない)。そして彼はピュリッツァー賞委員会の委員長を退任した。

 

3.

約1ヶ月後、ジュノ・ディアスが教授を務めるMITは、大学での独自調査の結果を発表した。その結果は「不適切な行為はない」とするもの。MITは来年も引き続きディアスに講義を依頼すると発表した。

また、MITよりも前に、ディアスとエディター契約を結んでいるボストン・レビュー紙は、「15年にわたるディアスとの契約の中で、彼の行動に対する非難は出ていない」として、彼との関係を維持することを発表した。

 

4.

話の本筋は上の1〜3なのだけど、もうひとつストーリーがある。最初の告発があった数週間前に、ジュノ・ディアスはニューヨーカー誌にエッセイを発表していた。その内容は、自身が幼少期に受けたレイプ体験、自殺衝動、鬱、他人を信用できず女性との関係をうまく結べなかった経験を告白するもの。

 

このエッセイについて、「バッド・フェミニスト」などの著者であるロクサーヌ・ゲイは、最初の告発があった後に「説明は、許容できない振る舞いの言い訳にはならない(explanations do not excuse unacceptable behavior)」と言及した。さらに、ディアスのエッセイは一連の告発が明るみに出ることを見越した「先制攻撃(pre-emptive move)」だったのではないかとツイートした。

 

ピークしか頭に残らない

さて、ジュノ・ディアスに対する疑惑はいちおう日本でも報道されたのだけど、いまググったところでは上の「2」のピュリッツァー賞委員長辞任というところまでしか出てこなかった。

 

このエントリの目的はジュノ・ディアスを擁護したり非難したりすることではない。ただ、告発とピュリッツァー賞委員長退任という騒動の「ピーク」の後に、彼が職場であるMITの独立調査を受けて、その結果「シロ」と判断された、というところまで一体どの程度の人が把握するのだろう。おそらく本国アメリカでもそこまでフォローしない人が大半だと思う。

 

何か疑惑なり騒動があったときに、センセーショナルなピークだけ注目されてしまう。これはなぜなのだろう。

 

メディアが悪い?
民度が低い?
いや、もうこれは、人間ってアタマが悪い、ということだと思う。

 

認知のリソースは限られているしバイアスがあるから、目につきやすい情報しか頭に残らない。このエントリで上に要約した情報だって、元ニュースサイトの一部だけ切り取って引用している。

 

けれど、目につきにくいところの方に、考えるヒントになる情報がある場合も多い。上の方の「3」にリンクしたボストン・レビューの声明文が良い文章だったので、別記事にして訳出してみようと思う。というわけで、まだ続く。。

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