未翻訳ブックレビュー

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iPhone誕生のジョブスでない部分 - The One Device by Brian Merchant

The One Device: The Secret History of the iPhone (English Edition)

The One Device: The Secret History of the iPhone

 

スマホかセックス、あきらめるならどちらにするか?

 

米国のIT企業Delvvが「3ヶ月スマホを使えないのと同じ期間セックスができないのとどちらを選ぶか」を18歳以上の男女に尋ねたところ、約3割がセックスをしない方を選ぶと答えた。

 

この割合を多いと思うか少ないと思うかはさておき、誕生してからわずか10年のスマートフォンは、だいたい600万年ぐらいの歴史があるセックスと比較されるほど、現代人にとって必要不可欠な存在になっている。

 

本書"The One Device: The Secret History of the iPhone"(ワン・デバイス:iPhoneの秘密の歴史)は、発売から2017年で10周年を迎えたiPhoneの誕生についての本だ。著者のブライアン・マーチャントはViceなどの媒体で活動しているジャーナリストである。

 

目次

"Lone Inventor"の神話

2016年時点で世界での販売台数シェアはサムソンに次ぐ2位であるiPhoneだが、本書はiPhoneを「資本主義の歴史の頂点」にある製品と位置付け、最初の"Universal Communicator"と呼ぶ。

 

基本的にiPhoneを礼賛する本書であるが、大きな特徴として、決してスティーブ・ジョブスを礼賛する本ではない。マーチャントは「ジョブス=エジソンと捉えるような、単一発明者(lone inventor)の神話」を打ち倒すことが本書の目的であると語る。かわりに、iPhoneがいかにレガシー技術を統合した合流技術(Confluence Technology)の産物であるかを探り、語られる機会が少なかった研究者・技術者たちに焦点を当てる。

 

ただし、よく知られているようにアップルは偏執的なほど秘密主義の企業だ。現CEOのティム・クックをはじめとする関係者へのインタビューは全て断られ、アップル内部の協力は得られなかった。かわりに本書が採っているアプローチは3つある。

 

iPhone聖地巡礼

まずひとつは、iPhoneのサプライチェーンとエコシステムに関わりがある世界各地を訪ねることだ。それは、原材料として使われているスズ(tin)の採掘現場であるボリビアの鉱山から、バッテリーに使われるリチウムが一面に並ぶチリのアタカマ塩湖や、アフリカのモバイルアプリ産業の中心地であるケニアのナイロビに及ぶ。

 

*チリのアタカマ塩湖についての記事。リチウムは電気自動車のバッテリーにも使われる

 

自殺者が多数出たことで有名になった深圳のiPhone組立工場も行き先のひとつだ。エストニアの人口より多い130万人を中国国内だけで雇用しているFoxconnの工場(ちなみにこれはマクドナルドとウォルマートに次いで多い雇用数らしい)のひとつでは「人が死なないようじゃFoxconnじゃない(It wouldn't be Foxconn without people dying)」と元従業員が語る。

 

要素技術のルーツ 

さらに、本書ではiPhoneで使われている要素技術の歴史をひもとく。たとえば2007年の最初のiPhone発表時に「(アップルが)発明した」とジョブスが吹聴したマルチタッチスクリーンの技術。今ではズームインやスワイプなど当たり前のように使われているこの機能のルーツは実はアップルではなく、ゼロックスのPARC研究所に勤務していたBill Buxtonが1985年に開発した「マルチタッチデバイス」に遡るという。

 

本書ではBuxtonにもインタビューを行っていて、これが個人的には面白かった。彼は「マルチタッチ技術のルーツを知りたいなら電子音楽を知るべし」と語る。楽器を扱う人間のタッチは繊細で、「触ったか触っていないか」というデジタル情報だけでなく「どう触ったか」というニュアンスを処理できないといけない。それがマルチタッチ技術のインスピレーション元だという。Buxtonはムーグ・シンセサイザーの開発者であるBob Moogとともに研究を行っていたのだ。

*iPhoneのルーツ?1985年のマルチタッチタブレット。静電気式ではなく感圧式

 

*トロント大での電子音楽研究についての記事

 

狂気のレシピ

そして、本書ではAppleの元社員へのインタビューや現役社員への匿名インタビューを行ってiPhoneの開発過程を探る。そこでは凄まじいデスマーチっぷりの一端をのぞける。Purple Dormと呼ばれた開発拠点では昼夜を問わず開発が行われ、ある者は健康を失い、ある者は家庭を失った。なぜなら全てをテストしなければならなかったからだ。スクリーン、WiFiモジュール、ジャイロスコープやGPSなどのセンサー群、オーダーメイドのCPU・・テスト項目を並べれば、狂気のレシピ(a recipe for madness)が出来上がる。上級エンジニアであったAndy Grignonは開発当時をこう振り返る。

“‘Oh, shit, the app crashed. Why’d the app crash?’ Well, it could be at any layer in that entire stack, all the way down to the silicon. I mean, think about that. Imagine an entire piece of silicon that can shit the bed, because it’s new.

「くそ、アプリが落ちた。なんでだ?」シリコンに至るまで、積み上がったレイヤーの全てが原因になり得た。考えてみてほしい。シリコンのひとつひとつが、ぶち壊しにしてしまう可能性を持っているんだ。なぜなら新しいものだから。

 

まとめ:イノベーションに必要なもの

さて、膨大な調査と取材を通じて、iPhoneが決してスティーブ・ジョブス(またはデザイナーのジョナサン・アイブら)が思いついた「発明」ではなかったことを本書は明らかにする。

 

ただし、それは同時に、巨大な資本と、長期間に渡る技術の集積がないと、大きなイノベーションは起こせないというミもフタもない事実も思い知らせる。カリスマがいても、アイデアがあっても、全世界の人に影響を与えるような製品を生み出すには全然十分条件ではないことを本書は伝えている。

 

ブライアン・マーチャント著"The One Device: The Secret History of the iPhone"は2017年6月に発売された一冊。わざわざ原材料を見るためボリビアの鉱山まで行く必要あるか?とか、わざわざ電話の歴史をグラハム・ベルまで遡る必要あるか?とかツッコミたくなる、「せっかく現地まで取材したしせっかく調査したから本に入れないともったいない」みたいなエピソード多数のかなり冗長な本ではある。でも、iPhoneの原価表に出てくる項目ひとつひとつに1章が割かれているぐらいの網羅性はあるので、産業史とかに興味ある方にはオススメかもしれない。日本語版の発売予定は不明。

 

The One Device: The Secret History of the iPhone (English Edition)

The One Device: The Secret History of the iPhone (English Edition)

 

 

おまけ:サイコなジョブス

最後におまけ。本書はジョブス以外のiPhone誕生の貢献者にスポットライトを当てるので、ジョブスはどちらかというと悪役として出てくる。

 

なかでも驚いたエピソードがひとつ。歴史的なスピーチとして有名な2007年の初代iPhone発表のプレゼンのなかで、ジョブスは電話帳の連絡先を簡単に消せると紹介した。

 

実際にデモを行いある連絡先をジョブスが指先ひとつで消したとき、聴衆は大喝采だったが、iPhoneのエンジニアチームは'Holy fuck.'と感じていたという。ジョブスは開発エンジニアチームのリーダーだったTony Fadellの連絡先を消去したのだ。 

 

これはジョークではなく'Tony's out.'(トニーはクビ)というジョブスのメッセージだったと本書は語る。リハーサルではランダムに別の連絡先を消していたからだ。Tony Fadellは2010年にアップルを退社した。偉大な経営者ってやっぱりサイコパス気質があるのかも。なお、現在Tony FadellはGoogleのIoT関連子会社であるNest LabsのCEOを務めている。

 

*実際の動画がこちら