未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

ゆるふわギャングと好奇心

Mars Ice House

ゆるふわギャング - Mars Ice House

 

 

書評じゃない番外記事。

 

"Escape To The Paradise"という曲を聴いて以来、ゆるふわギャングが好きだ。おっさん向け音楽雑誌とかにありそうな言い回しをすると、これって「2017年の'ナイトクルージング'」なんじゃないかと思う。

ナイトクルージング

ナイトクルージング

  • Fishmans
  • ポップ
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

ヒップホップにこだわらないビジョン

ゆるふわギャングは男女2人のMCとプロデューサー1人のユニット。リリックにもボニー・アンド・クライドやトゥルー・ロマンスなど映画のタイトルが出てきたり、PVもタランティーノっぽい感じで作ったりしている。インタビューではいずれ映画を作りたいと語っている。

 

「映画を作りたいんですけど、どういう映画を作りたいかは決めている。」

「長編で、なんか1本、作りたい」

 

彼らはヒップホップユニットだけど、あまりそこにこだわっていない広いビジョンがある。Tyler the Creatorとかに近い印象を受ける。Fuckin' Carという曲の、前半と後半でガラッとトラックの雰囲気が変わる感じとかはもしかしたら影響を受けているのかもしれない。

 

 

 

 

Tyler the Creatorはミュージシャンや映像作家などの集団Odd Futureを組織して、アパレルを展開したりテレビ番組シリーズを作っている。ゆるふわギャングの周りにもいろんな人が集まって日本のOdd Futureみたいになれば面白いのにと思う。

 

*フランク・オーシャンもOdd Futureの構成員のひとり。現在はソロ活動だけで自然消滅状態?

 

好奇心に従うという清潔さ

さて、"Escape To The Paradise"には「'このまま'からすぐ脱走」「抜け出したい」というリリックがある。何から抜け出しいのだろう。茨城県土浦出身のRyugo Ishidaは自分の生い立ちをインタビューで語っている。

 

「中学2年のときに、(離婚した母の再婚相手の)新しい親父が借金して、首吊って死のうとしたんですよ、それ俺、目の前で見ちゃって。もう何もすることないじゃんって思って。全員ぶっ殺してやろうと思って、そのときは。」

 「生活から抜け出せないんですよね、みんな。だから、友達もみんな自殺しちゃうんですよ。ここ1,2ヶ月で3人首吊ってますからね。」

 

そして、地元でステージにはじめて立った時に「抜け出すにはこれしかない」と感じたという彼は、同じインタビューで次のように語る。

 

「見るのが好きっていうか。ずっと田舎にいて、同じ景色しか見ていなくて。いろんなものを見たいんですよね。もっと知りたいんですよね、何も知らないから。いろんなものを見に行きたいんですよ。」

 

音楽の良さやファッションの話は別にして、この、好奇心に従うという清潔さ(と、そういう姿勢が作品にも反映されている点)がゆるふわギャングで一番好きだ。

 

ちょっと脱線するけれど、「好奇心をもつのはいいことだ」というと当たり前に聞こえるかもしれない。でも、よのなかの歴史を振り返ると「一般の人間は余計なことは知らない方がいい」とされていた時代や国の方がむしろ多い。たとえば中世のヨーロッパでは、知らなくてもよいことを知ろうとする好奇心を持つことは、神の教えに従わない罪深いことだとされていた。*1

 

貧困のせいなのか何なのか分からないけれど、上に引用したRyugoの生い立ちの話なんかを見ていると、中世ヨーロッパというゲットーばりに「余計なことまで知らないでいい」という抑圧を受けてきた生育環境を想像してしまう。

 

だから、その抑圧に抗して好奇心に従うのはとても清潔な発想だと思う。ちなみに2017年4月に発売された彼らのファーストアルバムの"Mars Ice House"(火星の氷の家)というタイトルは、NASAが公募した火星移住計画案コンテストで1位を受賞した、日本人建築家夫婦考案の「火星の氷の家」というアイデアに由来する。ゆるふわギャングの2人が宇宙に関する展示で見た模型に感動して名前を取ったそうだ。

 

 

ヒップホップでは「お金持ちになりたい」とか「遊んで暮らしたい」とかのリリックがよく出てくる。それは享楽的なイメージに聞こえる。でも、ゆるふわギャングが「俺の目には汚いものはいらない」とか歌うとき、それは子どもが「図鑑を揃えていつまでも眺めていたい」とか欲するのとあまり変わらない純粋な好奇心の追求に聞こえる。ゆるふわギャングチームには、上海でもパリでもニューヨークでも、"HIROI SEKAI"をぜひ見てほしい。いろんな国の、面白い考えをする人の本を紹介したい、という趣旨で運営しているこのブログとしても勝手にシンパシーを感じるので今後の彼らの展開が楽しみ。

 


Powers of Ten: A Flipbook

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*1:イアン・レズリー「子どもは40000回質問する」より

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