未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

【いいウソ、あります】エトガル・ケレットのドキュメンタリー「ホントの話」

 

日本での劇場公開や動画配信は未定。でもめちゃくちゃ面白かったドキュメンタリー「エトガル・ケレット ホントの話」(Etgar Keret - Based on a true story)を紹介したい。

 

先に言いたいことを書いておくとこんな感じ。世の中には「悪いウソ」を使うのが上手い人が多い。それはファクトを無視して人気を得る政治家だったり、差別的な情報を捏造する人だったり。そんな「悪いウソ」に対して、学者やジャーナリストたちは「真実」で闘うのだと思う。でも、作家やアーティストは「良いウソ」で闘うのではないだろうか。

 

目次 

エトガル・ケレット「ホントの話」日本初上映

先週末に甲南大学で開催された文芸イベント「今、この世界で、物語を語ることの意味」に行ってきた。イスラエルの作家エトガル・ケレットのドキュメンタリーの日本初上映と、作家の温又柔、福永信、木村友祐によるシンポジウムの2本立て。

 

後半のシンポジウムも面白かったけれど、前半の映画が自分にとっては至言金言だらけだったので、以下に映画の概要も交えて紹介してみる。

 

エトガル・ケレットは、虚実ないまぜの「超短編小説」で知られる作家で、私はこの作家に恋している。「あの素晴らしき七年」というエッセイ集は、自分にとって「これを好きな人とは仲良くなれそう」な本のトップランクだ。

 

オススメする記事↓を以前書いて、それを訳者の秋元孝文さんがブログで紹介してくださった縁があり、ご自身が企画された上のイベントに誘っていただいた。

 

人はなぜ物語る

ケレット本人や関係者へのインタビューをメインに構成されているこのオランダ製ドキュメンタリーには、再現ドラマや、ケレットの短編をアニメで再現したシーンも織り込まれている。本人の作品と同様、ひとつひとつのエピソードは短く、滋味があって、そして何よりも笑える。

 

まるで小説を語るように「盛って」喋るケレットを見ているだけでも楽しい「ホントの話」(この映画タイトル自体もケレット的な皮肉になっている)が探るのは、人はなぜ想像を物語・ストーリーを作るのかだ。

 

ケレットは言う。「自分を囲む現実に構造を与える」(give structure to reality around you)ために、物語が必要なのだと。

 

ケレットの両親はホロコーストを生き延びたユダヤ人で、本人も複雑な政治状況を生きており、「反イスラエル的」と呼ばれることに対して「自分はアンチじゃなくてアンビ・イスラエルなんだ」と語っている*1。Ambivalent(相反する)、Ambiguous(曖昧な、一義的でない)の"Ambi"である。

 

ケレットは世の中の「意味のなさ」(senseless)と闘っているんじゃないか。別の作家(だったかエージェントだったか忘れた)は、映画の中でそう語る。それはたとえば彼の両親の戦争体験の意味のなさだという。

 

良い作家とは

ただし、ここでポイントだと思うのは、生い立ちやバックグランドが大変な状況かどうかが重要なのではなくて、それにどう想像力で折り合いをつけるかが重要なのだ。

 

「困難な人生を送るのが作家ではない。困難な世界を生きていることに気付くのが良い作家なのだ」というコメントが別の作家から出てくる。これって、「作家は不幸でなければならない」みたいな考え方に対するすばらしいカウンターじゃないだろうか。

 

生まれながらのストーリーテラーであるケレットは、たとえば幼い頃にスポーツをしていたときも、母親から「ルールを変えてもいい。手を使ってもいい。負けたって、勝ったことにしてもいい」と言われて、「世界は想像力次第」(The world serves your imagination.)であると学んだという。

 

映画の後半で、「嘘の国」というケレットの短編小説が紹介される。「人に殴られた」「身内に不幸があった」などの自分でついたヒドい嘘が現実化した国に迷い込む人間のストーリーである。同作を紹介する別の作家は言う。「この小説が言っているのは、ウソをつくなということじゃなくて、良いウソをつこうということなんだ。」

 

エトガル・ケレットのドキュメンタリー「ホントの話」は2017年製作の映画。東京や他の地域での公開や、配信でもいいので、多くの人が見る機会ができればいいと思う。クリエイティブでいたい人、つまり「いいウソ」をつきたい人には特にオススメ。

 

おまけ

おまけその1。

本作が国際エミー賞の芸術作品部門賞を受賞した! 

監督のStephane Kaasの受賞スピーチ。

「ケレットさんはいつも、人生は驚きがいっぱい(life is full of surprises)と言っていました。ホントそうですねと伝えたいです。」

 

おまけその2。

Youtubeで見られる映画内のクリップ。

"Man with a newspaper"(新聞を持った男)

ケレットが「どんな時に小説を書きたくなるか」を語るシーン。

ある老人がコーヒーを持って歩いていた。彼は新聞を脇に抱えたままコーヒーを飲もうとして、腕を上げてカップを傾けたときに新聞を落とす。新聞を拾ってまた脇に抱えて、コーヒーを飲もうとするたびに、男は何度も新聞を落とす。

ケレットは失敗から学べないその人を見て「この人は自分であり、人類のメタファーだ」と涙が出たという。

で、家に帰って妻のシーラ・ゲフェン(映画監督)に「とても悲しいものを見た」とその話をしたところ「どこが悲しいの。ただのバカでしょ」と言われたという。「新聞を置いてコーヒーを飲めばいいじゃない。悲しいっていうのは、飢えやビアフラで亡くなる男の子とかでしょ」と。

感情的に圧倒されたけれど、それをどう表現したらいいのかわからない。そんなときにケレットは小説を書くという。

・・このエピソード、妻の返しも含めて大好きだ

 

おまけその3。

Youtubeで見られる映画内のクリップもうひとつ。

"Etgar Keret and his friends"(エトガル・ケレットと友だち)

地元の友人コビー(動画30秒手前くらいから登場するゴツい人)を紹介するケレット。

彼は地元のスーパーヒーローなんだ。無敵の男で、弾丸もナイフも通じない。このアパートでは銃火器は使えないから、今日はパンチや首絞めでテストしよう。コビーは人類の進化の新しい一歩なんだ。彼を火星に送ろう。コビーの新種たちが銀河を征服するはずさ。
(という話が動画の1:30くらいまで。)

 

 

おまけその4。

ケレットの短編集の日本語版2作目が発売される!!

また、2019年10月には来日が予定されているそうだ。

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