未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

NYタラレバ娘、あるいは、大人になれば - All Grown Up by Jami Attenberg

All Grown Up

 

美大に行って、嫌いになって、中退をして、ニューヨークへ。
(You're in art school, you hate it, you drop out, you move to New York City.)

 

そんな書き出しで始まる本書All Grown Upの主人公アンドレアは、40歳になろうとしている独身女性である。

 

ある日、一冊の本が出版される。今では結婚している有名な女性が独身時代を懐かしむエッセイだ。シングルであるとは何かについて語るその本を同僚の24歳の女性がアンドレアに貸そうとしてくる。興味あるとか言ってないのに。アンドレアの母はその本をネットで注文して送りつけてくる。"あなたの助けになると思って"。義理の妹は電話越しに聞いてくる。"そういえばあの本知ってますか"。大学時代の友人はフェイスブックで書評のリンクを送りつけてくる。"これを読んであなたを思い出したの"。

 

・・でも、アンドレアにそんな本は不要だ。シングルライフについて知らないことなんて、彼女には何ひとつ無いのだから。

 

目次

"What next?"

アンドレアは友人の結婚式に出席する。職場を辞めてヨガインストラクターになった親友だ。座ったテーブルには独身者とレズビアンとゲイが寄せられている。私はキャリア女子(career gal)です、そう自己紹介した女性がマッチョな男性と仲良くなり、互いの肩に手を回す。私たちはカップルになったからもうこのテーブルにいるべきじゃないわね、とその女性。この人は僕のS.Oだ、とその男性。S.Oって何ですか、と別の紳士。特別な誰か(Significant Other)のことです、と教えるアンドレア。地獄。

 

やがてパーティーはダンスの時間を迎えて、ボブ・ディランのLike A Rolling Stoneを歌うバンドの演奏に合わせて出席者たちは踊る。世界一のパーティーでしょ?新婦がアンドレアをハグしながら言う。すべてがパーフェクトよ(Everything is perfect)とアンドレアは答える。バンドに合わせて、みんながサビの歌詞を合唱している。"How does it feel?"(どんな気分だい?)と。

 

なぜみんな、私について考えるときに独身という要素しか考えないのだろう。アンドレアは定期的に会っているセラピストに自分は何者かを話す。私は女性だ。私は広告業界のデザイナーだ。私はニューヨーカーだ。私は娘だ、私は姉だ、私は伯母だ。そう言いながら、頭の中では違う考えが浮かんでくる。私は独りだ。私は酒飲みだ。私はかつてアーティストだった。私は、自分の体という沈み行く船の船長だ・・

 

アンドレアには夢があった。アーティストになるという夢が。マンションの窓から遠くに見えるエンパイアステートビルをスケッチすること。仕事が遅くても二日酔いでも、アンドレアはその習慣だけは毎日欠かさず続けた。彼女にとって、他人がキャリアを重ね結婚をして順調な人生を送るのは、大事だけどクソありふれたブロックがひとつひとつ積み上がったビルのようにしか見えなかった。(Their lives are constructed like buildings, each precious but totally unsurprising block stacked before your eyes.)

 

けれど、彼女には才能も意志の強さもなかった。


本棚の一番下の列に積まれたスケッチブックの束を捨てるかどうか迷いながらアンドレアは考える。自分の夢は終わってしまった。で、次はどうしよう?(What next?)

 

夢が終わって、人生が始まる。そしていきなり迷子である。

 

幸せ探しから成長/成熟へ

さて、ここまでが小説の序盤で、物語はここから過去と現在のエピソードを行き来しつつ展開する。

 

いろいろ欠点もあると思うけれど管理人はこの短い小説が好きだ。それはこれが「幸せ探し」ではなく「成長/成熟すること」についての物語だからである。

 

アンドレアは幸せ探しをしていない。彼女は元ドラッグ中毒で、仕事が大嫌いで、名前も与えられていないキャラクター(例「弟のバンドのメンバー」)ともバンバン寝るけれど、自分の生き方に罪悪感は持たない。

 

そして、作中に、大人になることがあらかじめ不可能である存在が登場する。その存在はアンドレアに成長とは何かを考えさせる。

 

・・とはいえ、考えさせるだけで、小説の中に答えが出ているわけではない。自分の生き方に罪悪感を持たないアンドレアは、自分を変えようともしない。

 

以下、別の本も使ってちょっと本書のテーマを拡張してみたい。

 

幸せ探しをする人間にとっては、誰かが自分を幸せにしてくれるかもしれないし、以下のツイートにあるように、他人から幸せそうに見えればいいのかもしれない↓

 

一方で、成長することは、他人任せでは実現できない。成長とは、知性を身につけることだからだ。ただし、ここでいう知性とは知識量や頭の回転の速さとは関係ない。

 

大人の知性の3段階

発達心理学者のロバート・キーガンとリサ・ラスコウ・レイヒーは、「なぜ人と組織は変われないのか」*1というビジネス書の中で、大人の知性を3段階に分類する。

 

ざっくり紹介すると、1つ目の段階を環境順応型知性(ソーシャライズド・マインド)と呼ぶ。周囲からどのように見られるかによって自己を形成している段階で、指示待ちのチームプレーヤー。車で言えば助手席に乗っている状態だ。

 

2つ目の段階は自己主導型知性(セルフ・オーサリング・マインド)である。周囲の環境を客観的に見て、自分自身の価値基準を持っている段階。ハンドルを自分で握って運転をしている状態だ。

 

さらに3つ目の段階として、自己変容型知性(セルフ・トランスフォーミング・マインド)がある。周囲の環境だけでなく、自分自身の価値基準も客観的に見て、その限界を検討できる段階。自分で運転をしつつ、誤っているようであればルートやゴールを変えることができる状態だ。

 

1つ目から3つ目の段階まで、キーガンとレイヒーが定義する知性とは、世界の理解の仕方と、行動する際の基本姿勢を指す。そして、彼らの実証研究の成果によれば、こうした意味での知性は、年齢に関係なく、大人になってからも向上させられる。

 

けれど、逆の言い方をすると、こうした知性は年齢が上がれば必ず身につくわけではないのだ。

 

本書All Grown Upと同時期に発売された、Jancee DunnによるHow Not to Hate Your Husband After Kidsというエッセイ本がある。訳すと「子どもができた後に夫を嫌いにならない方法」である同書(なんちゅうタイトルだ・・)をレビューする記事で、ライターのKathryn Jezer-Mortonは語る。子どもの成長は早く、親が買い与えるほど多くのモノを必要とはしない。成長の手助けが要るのは、大人の方なのだ。(Babies grow up fast and require less stuff than we usually buy them; we adults are the ones that need help growing.)

 

これは本書All Grown Upにもあてはまる。アンドレア40歳は、USのアマゾンのレビューで「ピンボールみたいにフラフラしている」と評されたりしている。「年齢を重ねたら」「大人になれば」知性が向上するというのはタラレバに過ぎず、成長には手助けと訓練が必要なのだ。

 

Jami Attenberg著、All Grown Up(「すっかり大人」)は2017年3月に発売された一冊。アマゾンの月間ベストブックリストにも選出。幸せ探しの無間地獄を脱してadulthoodへ至るためのヒントをくれる、かもしれない本。

 

なお、日本語版の発売予定は不明。著者のジャミー・アテンバーグはこれが5作目の小説らしいけれど日本語版はひとつも出ていない。英語は平易でリズムがあり読んでいて楽しかったので、この記事の前半でなるべく再現しようとしてみた。管理人でよければ全訳してみたい。もし興味ある方がいらしたらTwitterのDMコンタクトフォームから連絡くださいませ。

 

All Grown Up

All Grown Up

 

 

*1:「なぜ人と組織は変われないのか」は実用的なビジネス書であり哲学書でもあるという良書。

なぜ人と組織は変われないのか ― ハーバード流 自己変革の理論と実践

なぜ人と組織は変われないのか ― ハーバード流 自己変革の理論と実践

  • 作者: ロバート・キーガン,リサ・ラスコウ・レイヒー
  • 出版社/メーカー: 英治出版
  • 発売日: 2014/09/01
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同書では「免疫マップ」というワークシートを使う。

まず、①改善目標②阻害行動を書き出す。たとえば、ダイエットをしたいという改善目標と、夜に食事を摂りすぎてしまうという阻害行動である。

で、ここで多くの人は「夜に食事を摂りすぎない」という目標を立ててしまう。

一方、同書の免疫マップでは、阻害行動によって実現されている③裏の目標を明らかにする。たとえば、夜に食事を摂ることにより達成される「仕事のプレッシャーから解放されたい」「まわりの人たちとの絆を確認したい」といった目標である。

②の阻害行動は、①の改善目標を達成するためにはジャマな行動だけど、③の裏の目標にとっては合理的で有効な行動なのだ。これが変革を阻む「免疫システム」であり、その裏の目標への手当を考えないと個人や組織は変われないと本書は説く。

なお、彼らの最新作は過去記事で紹介した。こちらも是非どうぞ。