未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

生命もアルゴリズムである - The Genesis Machine by Amy Webb

The Genesis Machine: Our Quest to Rewrite Life in the Age of Synthetic Biology (English Edition)

 

新潮社「Foresight」での連載「未翻訳本から読む世界」、更新されています。

 

エイミー・ウェブとアンドリュー・ヘッセルが「合成生物学」(synthetic biology)の現在と未来を紐解く「The Genesis Machine」を紹介しています。

 

伝記作家ウォルター・アイザックソンが遺伝子編集技術CRISPRの生みの親であるジェニファー・ダウドナを描いた"The Code Breaker"を別の連載で昨年紹介したのですが(同書もまだ日本語版出ていません)、同書とセットで読みたい一冊です。

「遺伝子編集技術」生みの親はコロナ禍といかに戦ったか?|翻訳書ときどき洋書|note

 

CRISPRは超乱暴に言うと「任意の遺伝子コードを切り貼りして編集できる技術」ですが、その基盤にあるのはRNAの研究です。DNAが遺伝子情報の「設計図」であるのに対して、RNAはその設計情報を基に具体的なタンパク質の生成を指示する「作業指示」にあたります。COVID-19ワクチンの主流であるmRNAワクチンもこの仕組みを利用していて、上述の"The Code Breaker"でもダウドナをはじめとする世界の研究者チームのコロナ禍での奮闘が描かれています。

 

エイミー・ウェブによる本書"The Genesis Machine"は、医療の分野だけでなく、食糧(人造肉の製造など)や環境(素材や繊維の製造)の分野にまで視野を広げて、人間による遺伝子情報編集の可能性とリスクを紹介しています。

 

合成生物学の根底にあるのは、生物の遺伝子情報をコンピュータのコードと同じようにデジタルでプラグラミング可能なものと見なす考え方だと思います。『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリは、20世紀の生物学の最大の発見を「Organisms are algorithms」(生命もアルゴリズムである)と表現しています。人間をはじめとする動物を"wet computer"と見なすこうした見方は目新しいものではないと思うのですが、この生命観を世界中に最初に広めたのってリチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』だったのではないかと推測します。

 

 

本文と全く関係ありませんが、管理人は『利己的な遺伝子』の存在を岩明均『寄生獣』で知ったので、利己的な遺伝子の名前を出すときはセットで紹介したくなります。