【番外】坂本慎太郎「できれば愛を」と2016年の憎しみ
書評と全然関係ない番外記事。
今日(2016/7/26)の日記みたいなもの。
夜に仕事から帰宅したら、予約していた坂本慎太郎の新アルバム「できれば愛を」が届いていたので聞いた。
「顕微鏡でのぞいたLOVE」
坂本慎太郎は元ゆらゆら帝国のアーティストで、ソロで過去に2作のアルバムを出していて今作が3作目にあたる。個人的に大好きな音楽家のひとり。
前作「ナマで踊ろう」のコンセプトは、「人類が滅亡した後に伊東のハトヤと常磐ハワイアンセンターだけが残ってそこで音楽がずっと流れている」というようなものだった。うろ覚えだけど確かそんな風にどこかで言っていた。
今作「できれば愛を」も音を聞くとその流れの延長上にある(聞いたことない人にはどの流れだって感じだろうが)。なんというか、水木しげるのタッチで描かれたカーティス・メイフィールドが歌っているみたいな印象だ(なんとなく分かるよ、という優しい人だけニュアンスを汲んでいただきたい)。
で、今作のコンセプトが「顕微鏡でのぞいたLOVE」というものらしい。正直、発売前にこのコンセプトを聞いたときは、よくわからんと思った。
おそらく、このコンセプトのぼんやりとした印象、そして音から受けるイメージから、このアルバムって「サイケデリック」だとか「異形の音楽」だとか「独特の世界観」だとか評される気がする。
でも、このアルバムはサイケデリックでも異形でもなんでもなくて、いまの社会の問題について表現しているようにしか思えない。
特定の人たちへの特定の憎しみ
今朝、相模原の障碍者施設での連続殺人事件があった。事実の報道もいろいろな意見や憶測もこれから出てくると思うしこれもその憶測のひとつに過ぎないのだけど、容疑者は、追い詰められて「誰でもいいから殺したかった」と暴発したわけではなかった。はっきりと「この人たちが憎い」と考えていて「この人たちを殺す」という意思をもっていた。措置入院の履歴や過去の大麻使用履歴はとりあえずその意思とは関係ない。
それから今日の夜。映画評論家の町山智浩さんが、共和党大会と女性版ゴーストバスターズを軸に、アメリカの人種差別と性差別の「盛り上がり」についてラジオで話しているのを聞いた。
要するに、「差別は正しいんだ」っていうことを言おうとしているんですよ。彼らは。
こうしたニュースや話題(と一括りにしたけれどもちろん背景も原因も対策も個別に全然違う)にばかり接してからこのアルバムを聞くと、「できれば愛を」というタイトルは、いまの社会の「ヘイト」に対置させて名付けられたんじゃないかと思えてくる。
物質的な愛を愛する
本作に関するインタビュー記事はまだあまり出回っていないようだけど、EYESCREAMというサイトのインタビューで次のように坂本慎太郎は語っている。
坂本:恋愛とか、ラヴ&ピースとか、博愛や人類愛、スピリチュアルなでっかい”LOVE”じゃなくて、まだあんまり歌われていない、もっと物質的な”LOVE”があるような気がして。例えば、爪がのびるとか、怪我が治るとか。顕微鏡でのぞいたら怪我を免疫細胞が治していたみたいな。それはLOVEとは言わないかもしれないけど、あえて”LOVE”と捉えてみたらどうだろう? ということです。
ニースやミュンヘンやダッカやフロリダなど、2016年だけでも数多くのテロやヘイトクライムが既にあった。Wikipediaには、年別ではなくて月別の、テロ事件の一覧ページがある。
List of terrorist incidents, 2016 - Wikipedia, the free encyclopedia
こうした事件の情報は犠牲者の数が数字として流れていく。それは仕方がないことだけど、その数字に接したときに「スピリチュアルなでっかい”LOVE”」を考えるのではなくて、たとえば犠牲者は死ぬ間際まで「爪がのび」ていたのではないかとか、流れる血を血小板が固めて止めようとしていたのではないかとか、そういう物質的なことを考える想像力が大事で、それを"LOVE"と呼ぶべき(で、その"LOVE"が人をヘイトから遠ざける)。勝手な解釈だけど、坂本慎太郎はそんなことを言いたいのではないかと思う。
"今 女が 男の肩に触れた
今 男が 男と腕をくんだ
今 女が 女とキスをしてた
今 男が 男と外に消えた
ディスコは君を差別しない
ディスコは君を侮辱しない
ディスコは君を区別しない
ディスコは君を拒絶しない
ディスコで君は何もしない
ディスコも君に何もしない
ディスコに君は期待しない
ディスコも君に何も求めない"
(「ディスコって」)
"正気でいたいのに 正気じゃ難しい
大きな声ばかり あふれているよね
かたくなに閉じた お前の心
今はまだ一人で 夢中だとしても
いるよ
いるよ
いるよ
いるよ
いる"
(「いる」)
ヘイトでなくて、できれば愛を。坂本慎太郎のこのアルバムはすばらしい。
個人的には上に引用した「ディスコって」「いる」が特に好きだけど、表題曲の「できれば愛を」もしびれる。また「動物らしく」「他人」「マヌケだね」もたまらない。さらに「超人大会」「べつの星」「鬼退治」「死にませんが?」という曲たちも最高。全10曲で、いま全て挙げたので、要するに全部よい。タイトルの命名がいちいち面白いので全部言いたかった。興味持った方は旧作も含めて是非どうぞ。
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- 出版社/メーカー: Independent Label Council Japan(IND/DAS)(M)
- 発売日: 2016/07/27
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(2016.07.31追記)クリス・ミルクのVRと「いる」
追記。上に書いた「物質的なLOVE」とヘイトとの関係について思い出したTEDスピーチがあるのでその話など。本文と同じぐらい長くなるかも。
「愛の反対語は憎しみではなく無関心である」というのは有名な言葉だけど、では憎しみの反対語は愛ではなく何だろうか。
Weblioの反対語辞典で調べると「慈しみ」と出てきたり、英語でhateの反対語を調べると'respect'とか'friendship'とか出てくるのだけど、個人的には、憎しみの反対は「親しみ」ではないかと思う。んで、訳語には'empathy'という言葉を割り当てたい。empathyは通常は共感とか感情移入とか訳される。
さて、クリス・ミルクという映像作家がいる。カニエ・ウエストの'Touch The Sky'などの音楽ビデオ監督であった彼は、現在、仮想現実(VR)を研究するWithinという企業のCEOを務めている。
上のTEDスピーチ(必見!)の中で彼が紹介するのは、国連との共同プロジェクトで制作した'Clouds over Sidra'というVRのデモだ。ヨルダンのシリア難民キャンプの暮らしを360度カメラとマイクで記録したこの作品を、彼は国連の職員たちに体験させた。ヘッドセットをつけて顔の向きを動かせば映像も自動で動くこのVR作品は、実際にキャンプで難民たちのそばにいるような体験を使用者に提供する。
こうしたVRによって体験者は難民たちの生活に親しみを感じるようになり、それは彼らの意思決定にも影響を与えるはずだ。クリス・ミルクはそう考える。彼にとってVRとは'ultimate empathy machine'(究極の感情移入マシーン)なのだ。
たとえばだけど、もし自分の親しい友人が特定の人種に属していたら、その人種への偏見や差別には与しなくなるはず(そういう統計データがありそうな気がするので探したけれどちょっと見つからず)。理屈を説くよりも、親しみを抱いて感情移入する体験を与えることによりヘイトを排除できる。クリス・ミルクが目指すのは、仮想現実ではない実際の現実を変えるためにVRを活用することだ。
で、ここで話を坂本慎太郎の曲につなげる。VRうんぬん、理屈ではなく体験と感情移入が大事うんぬんといった話を、坂本慎太郎はたった2文字で表現していると思う。
公式ページのライナーノーツにも「これ以上、さりげなく、強い2文字はないだろう」と書かれているが、それが上にも引用した「いる」という、アルバム最後の曲だと思う。彼のアルバムは海外でも発売予定で、この曲には'Presence'という英題がついているけれど、もっとシンプルに'Be'でもいい気がする。
「いる」人間には親しみがわく。「いる」んだから殺すな。坂本慎太郎は特定の意見を表明したりはしないだろうけれど、このアルバムのコンセプトと終わり方にはそんな風に解釈できる広がりがあると思う。
クリス・ミルクの最新のTEDスピーチ(こっちも感動的)では、Google Cardboardというデバイスにより、観客1200人が特定の場所や状況にいる体験を共有している。近作の坂本慎太郎は「人類滅亡後の常磐ハワイアンセンターのハコバン」「文化祭とかで出てるギャルバンみたいな感じ」といったように、作品のコンセプトを特定の状況/場所に結びつけて語ることが多いので、いつか技術が進んだら、彼が頭で描いている状況や場所と音楽とを直接体験できるVR作品とか出したりすればいいのにと思う。
(2016.07.31追記)Free Soul 坂本慎太郎
もうひとつ、短いおまけ。ソロになってから特にだけど、ソウル色の強い曲が増えてきたので、Free Soulコンピの坂本慎太郎版がいつか発売されてほしい。とりあえず管理人がゆらゆら帝国時代の曲も含めてiTunesのプレイリストで作ったものをフェイク版として公開しておく。。