未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

バイキンマンはシリコンバレーか深圳に移住すべきだ

※書評じゃない、小ネタ記事です

おれさま、ばいきんまん!―アンパンマンはじめまして

 

バイキンマンは、生まれてくる時代や世界を間違えたのではないだろうか。

 

アンパンマンらが生きるパラレルワールドがそもそもどんな時代に設定されているのか分からない。けれど、作者のやなせたかしの戦争体験から生まれたという点、腹をすかして泣いている子どもをアンパンマンが助けているという点、かびるんるんなどの不衛生な勢力が遍在している点などから、食料や医療などの基本的な生活インフラが整備されていない、経済発展の途上にある世界と考えて間違いなかろう。主要産業は一次産業から二次産業中心への転換期にあり、ちょうど高度経済成長期の日本のような時代にあるのではないだろうか。

 

そして、IT技術はまだ発達していない。 

 

この世界で、バイキンマンは不遇だ。みんなから嫌われ、ドキンちゃんというわがままなビッチに振り回され、アンパンマンという人気者にいつもこらしめられる。

 

だけど、彼の才能とスキルをよく見てほしい。バイキンマンはメカをたったひとりで自作して、次々と新しいガジェットを発明している。その作品の数々は、「バイキンメカ」というユニバースを形成する巨大なエコシステムだ。

 

私がアマプラで見た映画では、彼はドキンちゃんの「サーカスをやりたい」という気まぐれな要望に答えて、サーカスを行うメカのプロトタイプをたった一晩で作り上げる。そして、メカに対して不満の声が出れば、すぐに機能改善を行って次のバージョンをリリースする。

 

ユーザーのニーズを把握して、プロダクトをデザインして、サービスをローンチする。たった1日で。なんというスピード感であろうか。そして、多少の不具合は気にせず、カスタマーからのフィードバックを迅速にキャッチして、品質改善のサイクルを繰り返す。

 

これこそ、現代およびこれからの世界に求められている人材ではないだろうか。アンパンマンは、コミュニケーション能力には長けているが、何かを創り出すことはできない。一方で、バイキンマンは、世の中の課題を発見して、それを解決するための具体的なプロダクトを形にできるのだ。

 

台湾のデジタル担当大臣オードリー・タンは、新型コロナウイルスの流行を抑えるためのマスク供給マップシステムをわずか3日で開発・実行したらしい。バイキンマンの話をしているのに新型コロナウイルスの例えを持ち出すとなんだかややこしいが。また、落合陽一は小さい頃からメカをなんでも分解する癖があったらしい。きっとバイキンマンもそんな子どもだったのではないだろうか。

 

「STEM教育」という言葉を聞いたことがあるだろうか。Science、Technology、Engineering、Mathematicsの頭文字を取った、これからの世界に必要とされる人材が持つべきとされる素養の定義だ。

 

世界各国が、こうした人材を育てる競争に躍起になっている。米国の大統領科学技術諮問会議は、オバマ政権時代に「STEM関連の人材が約100万人不足する」との予測を立て、2013年にSTEM教育5ヶ年計画を立てた。中国も、国家中長期教育改革・発展計画綱要にて、「傑出したイノベーション人材を絶えず輩出できる局面を形成」するとの目標を2010年の時点で既に立て、イノベーション人材を育成する改革試行プロジェクトを各都市に競わせている。シンガポールも、テクノロジーの社会での使われ方に着目した科学支援プログラムを導入している。

出典:諸外国におけるSTEM教育の取組例 (2018)- 文部科学省

 

バイキンマンとアンパンマンの比較表を作って、どちらがSTEMの各領域の素質を持っているかを評価してみてほしい。全ての領域でバイキンマンが優位に立つはずだ。

 

しかも、彼は単にSTEM的なナレッジがあるだけでなく、その行動特性およびマインドセットにも目を見張るべきものがある。木島里江・ヤング吉原麻里子著「世界を変えるSTEAM人材」では、「イノベーターのマインドセット」を次の3点にまとめている。

 

  1. 型にはまらない think out of the box
  2. ひとまずやってみる give it a try
  3. 失敗して、前進する fail forward

 

 

これぞ、マーク・ザッカーバーグがかつて語ったHacker's Wayならぬ、バイキンマン's ウェイそのものではないだろうか。彼はみんなに嫌われようと気にせずに自分のアイデアを次々と形にして、アンパンマンにいくらメカをぶっ壊されて失敗しようともまた立ち上がる。

 

アンパンマンの世界で、ジャムおじさんが経営する会社とアンパンマンは大成功を治めている(ように見える)。 

 

そのビジネスモデルは単純だ。アンパンマンの「顔」という大ヒット製品を有する彼らは、一種の既得権益層とも言えるだろう。単一の製品を大量生産し、老若男女を問わない消費者に届ける。アンパンマンはパトロールという広告宣伝活動によってブランドイメージを維持しており、社会貢献にも積極的である。

 

対するバイキンマンはベンチャーでありアントレプレナーだ。彼は、世界をひっくり返そうとしている。ディスラプティブなイノベーションを起こそうと、次から次へと新しいアイデアを試す。

 

変化が少なく、不確実性が低い時代には、アンパンマン陣営がいつも勝つかもしれない。でも、先が見通せないVUCAな時代に求められるのは、むしろバイキンマン的なアティテュードではないだろうか。

 

なぜ、アンパンマンの世界にはスマホがないのだろうか。デジタルネイティブに生まれて、デジタルネイチャーな時代を生きていくなら、バイキンマンはきっと自分のタレントとキャリアをフルにストレッチできるはずなのだ。彼にスマホを渡せ。コードを教えろ。アプリを作らせろ。

 

きっとバイキンマンは、閉鎖的な日本、もといアンパンマンワールドを飛び出して、シリコンバレーか深圳にでも移住すべきなのだ。

 

自分で起業してもいいし、まずはいろんな会社を渡り歩いてもいい。ティム・クックもジェフ・ベゾスもイーロン・マスクも、きっと君に高額なオファーを出すはずだ。ロボットを極めたいなら、ボストン・ダイナミクスか、中国のDJIに就職してもいい。マッキンゼー・デジタルに入って、レガシー大企業のデジタル・トランスフォーメーション(DX)やカスタマー・エクスペリエンス(CX)向上を支援して高額なフィーをもらう道もある。孫正義は、アリババのジャック・マーと初めて会った時、その「目」にカリスマを感じたらしい。バイキンマンの赤くらんらんと輝く目にも、同じカリスマを見出して、出資をしてくれるかもしれない。

 

バイキンマンよ、たとえ今いる場所で不遇でも、どうか視野を広く持ってほしい。世界に飛び出せば、君はきっとやっていける。たとえ、どんな敵が相手でも。愛と、勇気だけが友達さ。

 

・・・といった事を、アンパンマン期に突入した1歳の娘とアニメを見ながら思った。

 

一本くらい、バイキンマンがアンパンマンの危機を救う、みたいな映画かアニメ回はないのだろうか。強大な敵を前にして一度は倒れるアンパンマン。まさにトドメを刺されようとしたそのとき、助けが現れる。バイキンマンだ。バイキンマンは身を犠牲にして敵の注意を自分に向ける。バイキンマンも敵の攻撃の前にやがて屈するが、彼が時間を稼いでくれたおかげで敵の弱点を発見したアンパンマンが、最後の決着をつけるべくまた闘いに挑む。その時、バイキンマンはひとりつぶやく。がんばれカカロット、じゃなかったアンパンマン、お前がナンバーワンだ・・!!

 

または、貧困層が暮らし衛生条件も悪い地域で生まれ育ったバイキンマンが、その才能を見出され都会に出て立身出世していく物語はどうだろうか。人種や見た目、生まれ育った地域を理由に差別を受けながらも、持ち前のアイデアとテクノロジーでやがて彼が周囲の偏見をはね返す連続ドラマだ。シーズン1、全10話。オンリー・オン・ネットフリックス 。

 

ところで、バイキンマンに欠けている能力があるとするなら、それは「思いやりがない」ことだ。実は、「STEM教育」を「STEAM教育」と呼ぶときの「A」=Artsの部分は、この他者への共感能力でありエンパシーであり社会と人間の幸福を考える力を指す。また、たとえばグーグル等で役員を務めたカイフー・リーは、AI Superpowers(日本語版は「AI世界秩序 」)という本で、ソーシャルつまり他社との感情的なやり取りが重要になる仕事は、テクノロジーが進んでもAIに置き換えられる可能性は低いだろうという分析をしている。

 

この「他人とうまくやっていって、社会の幸福を考える能力」に関しては、アンパンマンに一日の長があるわけだが、その話はまた長くなるのでこのへんでやめにする。

 

*上に挙げたAI Superpowersを紹介した拙記事です

 

*娘のお気に入りです。高かったけど。

 

*アニメ化される以前のオリジナルシリーズは、「ゲゲゲの鬼太郎」になる前の「墓場鬼太郎」を思わせます