未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

敵に360度囲まれている国はどう生き延びるか(メタバースで戦争は減らせるか仮説)

The Cryptopians: Idealism, Greed, Lies, and the Making of the First Big Cryptocurrency Craze (English Edition)

 

新潮社「Foresight」での連載「未翻訳本から読む世界」、更新されています。

 

暗号資産プラットフォーム「イーサリアム」の誕生にまつわる年代記を異様なディテールで記録したローラ・シンの著書「Cryptopians」を紹介しています。

 

記事内で、同書の内容から離れてロシアによるウクライナ侵攻についても少し言及しました。ロシアが自国資産を暗号資産に変えようとしている動きを、「国家などの中央管理者が要らない世界を夢見ているはずの暗号資産が、中央集権的な専制国家の経済制裁逃れに利用されているのは皮肉」という文脈で紹介しています。

 

ここではさらにスピンオフ的に、戦争と暗号資産との関係について思いつきを書き殴ってみます。と言っても、有事と仮想通貨の値動きの関係だとか、NFT資産でウクライナに寄付をしよう、といった話ではないです。「仮想世界の富や資産を抑止力に使って、物理世界の戦争を減らせないか」という仮説です。

敵に囲まれている国といない国

在ウクライナ日本大使館のページを見ると、ウクライナの略史があります。これを眺めると、シンプルに「敵が多い」と思ってしまいます。

 

9世紀ごろに誕生したキエフ・ルーシ国(ルーシがロシアの語源)は、13世紀には一時モンゴルに支配されます。14世紀にリトアニア・ポーランド国の支配を受けた後、17世紀半ばにはポーランドからの保護を求めてロシアに接近し、結果、ロシア帝国の傘下に入ります。ロシア革命を経てソ連が誕生すると今度はソ連の一員になります。1932年にはスターリンの農場改革の影響で数百万人が餓死する飢饉が発生。第一次世界大戦でも戦地となりましたが、第二次世界大戦の時代にもナチスに占領されユダヤ人虐殺の舞台となります。1991年にウクライナとして独立しその後にソ連は崩壊しましたが、2022年現在、プーチンのロシアによる侵攻を受けています。

 

ニュースで見たあるインタビューでは、父親がウクライナ人で母親がロシア人という女性が「当時はソ連時代で同じ国の人間同士の普通の結婚だった」という話をしていました。別のインタビューでは、高齢の女性が「自分が生きている間にこの街が属する国の名前は何度も変わってきた。将来はどこの国になっているのだろうか」という話をしていました。日本のような島国でずーっと自分の国の名前が変わらずにやってこれた国と、いろんな大国に地続きで囲まれているような国って、そもそも国というものに対する感覚が全然違うのかもしれません。ウクライナからの難民を受け入れているポーランドも、ドイツとソ連に国土を二分されて支配されたり、その歴史は複雑です。

 

さて、ここで立てたい問いですが、地理的な条件のせいで不利益を受ける国があるのって、そもそも不公平な世界じゃないでしょうか。たとえば日本のように領土の東半分がでっかい海で敵が来る心配をほとんどしなくていい国と、360度を大国に囲まれているような国があって、どこに生まれるかによって一般の市民が不幸な目に遭うのって、理不尽な世界じゃないでしょうか。

 

まわりのどこかに独裁者が現れると小さい国は被害を受ける、というのが歴史の悪いパターンです。残念ながら人間の歴史を見ると独裁者が現れるのを撲滅するのは難しそうなので、かわりに、独裁者が出ても周囲の国が簡単には侵略を受けないようにできないでしょうか。

 

で、ここからが本題、かつ、話が飛躍しますが、こうした大国と小国のパワーバランスの不均衡を是正するのにメタバースというデジタル世界を使えないでしょうか。

「デジタル国連」を作れないか

メタバースというとアバターとかVRとかがイメージしやすいですが、それは表層的なポイントです。より重要なポイントは「デジタル世界に経済的な価値を持つ資産が生まれる」という事だと思います。

 

ブロックチェーンの技術ができる前は、Web上で写真やらファイルを送るときはデータの「コピー」を送っているだけでした。でもブロックチェーンを使うとデジタルデータの所有者を証明できます。これによってデジタルデータを資産として扱えるようになりました。NFT資産としてデジタルアートが高額で取引されたりしているのはその一例です。

 

デジタル世界に資産ができるならば、その規模が大きくなったら、やがてそれは石油や天然ガスと同じような希少性のある資源になるのではないでしょうか。人工的な希少性かもしれませんが。

 

そして、希少性のある資源ならば、それは外交のカードや安全保障上の抑止力として使えるはずです。ロシアが石油や天然ガスという資源を人質にして外交を進めているように、デジタル世界の資産を、物理世界の大国と小国のパワーバランス(というかパワーアンバランス)を調整する道具に使うのです。

 

イメージはこんな感じです。メタバース上に「デジタル国連」とでも呼ぶべき新しい共同体を立ち上げます。ただしそれは今の国連のような、会議をして決議をするだけの機関ではなく、資産を持ちます。ビットコインのような暗号通貨なのか何か別の形なのかは分かりませんが、メタバース上で流通する莫大なデジタル資産です。その資産は平時は企業や個人に帰属して自由に使えるものですが、有事の時にはデジタル国連が所有し、処分を決定します。もし大国が武力侵攻などを行った場合にはその国は資産を失います。

 

つまり、メタバース上にデジタル上の大国がひとつ出来上がって、それがリアル世界の大国すべてと国境を接して緊張関係を保つような世界のイメージです。小さい国にとっては、お金を積み立ててプールしておいて大国の侵攻に備える保険商品のようなものになります。

 

これが成立するためにはめちゃくちゃいろんな条件が必要です。まず第一に、メタバース上の経済の規模が超巨大でないといけません。メタバースの市場規模は数十兆とか数百兆円になると予想されていますが、リアル世界のGDP規模に比べると、全然足りません。また、このメタバースのデザインとして、そこで行われる経済活動を全て物理世界の国とひもづけて追跡できないといけません。でもメタバースって本来は物理世界の国家と関係ない世界のはずなので、設計思想としてアリなのかコンセンサスが得られなさそうです。さらに、物理世界の「国力」みたいなものと、このメタバース上の「国力」は一致しない状態になっていないと、物理世界のパワーゲームがデジタル上にも拡張されるだけの残念な世界になります。実際の未来はそうなりそうな匂いがしますが・・。例えばサッカーの強い国が人口やGDPの多さと必ずしも比例しないように(クロアチアがW杯の決勝に進んだりしています)、ウクライナがデジタル世界上ではロシアと同じGDPを持つ、みたいな世界になっている必要があります。

 

以上、メタバースを物理世界の国家間のパワーアンバランスの調整に使って、戦争を減らせないかという仮説というか妄想でした。イーサリアムの創始者であるヴィタリック・ブテリンは十代でイーサリアムを構想した超ド天才ですが、彼と、マハトマ・ガンジーと、ネルソン・マンデラと、イーロン・マスクをドラゴンボールのフュージョン合体させたようなすごい人がいつか現れて、そんな仕組みを作ってくれないかなと思います。なお、「デジタル国連」はバーチャルな共同体なので物理的な本部を置く必要はホントはありませんが、もし本部を設置するなら、ニューヨークでもブリュッセルでもなく、ましてや北京でもなく、物理世界の地政学の影響から一番縁が遠そうなオーストラリアあたりに置くのがいいのではないかと思います。

 

参考文献:スミソニアン協会 - ビジュアルマップ大図鑑 世界史

 

※新潮社「Foresight」での連載はYahooで記事の単品売りもしています