未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

問題を大きくしないと話をきいてくれない人たちがいるから気をつけろ - What We Owe Each Other

What We Owe Each Other: A New Social Contract (English Edition)

 

新潮社「Foresight」での連載「未翻訳本から読む世界」、第3回が更新されました。

 

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの学長でもある経済学者ミノーシュ・シャフィクの"What We Owe Each Other"を紹介しています。所得格差の拡大やSDGsも踏まえた「新しい社会契約」を説く本です。

 

で、ここからはスピンオフ話。

 

シャフィクは本書の中で「数十年に及ぶ交渉から得た経験」として、「問題を大きくした方が、解決が簡単になる場合がある」と語っています。

 

詳細は記事の中に書きましたが、この意見、めっちゃわかるわ〜と思いました。

 

通常、問題というのは小さい方が解決しやすいです。社会全体とか、企業全体にかかわる大きな問題よりも、身近な問題の方が解決しやすいはず。

 

でも実は、世の中には「問題を大きくしないと話を聞いてくれない人たち」が存在します。また、「問題が小さいと目先の利益にこだわり過ぎてしまう人たち」というのも存在します。

 

シャフィクは世銀などで働いていたキャリアですが、おそらく、政治家とかに話を持っていこうとするときに、アジェンダを大きくして「これは重要な問題です」とアピールしないと、「そんな小さな問題は議論しない」と突っぱねられてしまう事があったのではないかと推測します。

 

そしてこれはビジネスの世界でも当てはまる話だと思うのです。経営者とか上のランクの人たちと話をしたいときに、小さなアジェンダだけ持っていくと「それは現場で解決できる話でしょ」と言われてしまいがちなのですが、アジェンダを大きくして持っていくと、とりあえず時間を作ってもらえたりします。わざとアジェンダを大きくしてエラい人と話すきっかけを作って、それから具体的な課題の解決に誘導する。そういうやり口を個人的にも見たり(やったり)した事があります。

 

また別の観点ですが、「人は問題が小さいと目先の利益にこだわり過ぎてしまう」という傾向があります。そういう場合、むしろ問題を大きくするとより広い視野に立って解決に動き出せる。シャフィクは「新しい技術を習得する機会を得られず引退を考えている高齢者は、自分の子どもの世代は生涯にわたる再教育を享受できると分かれば、教育への公的支出が優先されることを受け入れられるかもしれない」といった例を挙げています。

 

最近、岸田首相が「成長」と「分配」を語り、金融所得課税をやるのかやらないのかといった議論がされていますが、この「分配」というテーマも、もっと大きな問題に設定すればいいのに、と思います。金持ちに課税するかどうかや貧困層に給付するかどうかといった「誰から誰に」分配するかの問題になると、みんな自分のお金は守りたいので、利害の対立を生みます。でも、医療費や教育にどれだけのお金を回すか、気候変動対策にどれだけお金を回すかといった「何から何に」分配するかの問題に設定すれば、生産的で議論も前に進みやすいのではないかと思います。分配は、人の単位でなく、アジェンダの単位で考えた方がよい、という事です。ちなみに、シャフィクも本書の中で、富裕層に課税をして貧困層に所得を移転する単純な富の再配分を「ロビンフッド機能」と呼んで、劣後して議論すべきテーマとしています。

 

*こんな事を考えるヒントになる本を紹介している連載です。ぜひご覧ください。