未翻訳ブックレビュー

世界の本への窓 by 植田かもめ

シャボン玉と落ち葉と - いわゆる「AIにできないこと」についてのメモ

※noteの個人アカウントに書いているfreestyle読書日記から転載

 

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長めの記事。

植物の受粉にとって大事な媒介者であるミツバチの個体数が減少の危機にある。少し前のニュースだけど、日本の研究者グループが、シャボン玉を使って受粉を行う技術を開発したらしい。

これ、最初は小型ドローンで花粉を運ぶ技術を研究していたのだけど、花を傷つけてしまうという課題があったそうだ。

そして、研究者(北陸先端科学技術大学院大学の都英次郎准教授)が子どもと遊んでいたときに、シャボン玉が顔に当たっても当然ながら子どもには何の傷もつかないのを見て思いついたらしい。

「思いついた」と簡単に書いたけれど、人間の脳って、なんでこんな風に全く無関係に見えるものを結びつけられるのだろうか。

似たような話だと、自動改札機の例がある。裏表タテヨコどんな向きで切符が投入されても情報を読み取れる技術は、オムロンが開発したもの。休日に釣りをしていた技術者が、川を流れる落ち葉が石にあたって方向を変えるのを見て思いついたらしい。

他にもこうした例は数多くある。1945年に軍事用レーダーを研究していたパーシー・スペンサーは、マイクロ波発生装置の前に立っていたところポケットの中のチョコバーが溶けているのに気付いた。後に彼は電子レンジを発明した。

グーグルが創造性を殺しにくる

さて、ここからが本題。AI(やその他のコンピュータアルゴリズム)が、いつか人間の脳みたいに「関連性の低いデータ」を結びつけて「発明」をすることができるようになるのだろうか。

もうちょっと説明してみよう。自動改札機のエピソードを上に書いたけれど、どういう話だったかうろ覚えだったので、この記事を書く前に検索してみた。ググったキーワードは「自動改札 発明 川 落ち葉」である。

そうすると、デフォルトでは、Googleが勝手に「川 落ち葉」というキーワードを削って検索をしてくる。検索方法を変えれば必ずキーワードに含める指定はできる。けれども、そもそもこういう「関連性の低いものは無視する」方向に検索エンジンが進化するのってつまらなくないかと思ってしまう。

つまり、「川」と「落ち葉」というのは自動改札には関係ないですよ、だからキーワードから削りました、とGoogleに言われているような気分になるのだ。

こっちとしては「いや、関連性が低いのは知ってるよ!その関連性が低い中に共通の法則を発見した話があったはずだから、それを知りたいんだよ!」と言いたくなる。

できてほしい検索エンジン

自然言語処理から画像認識に至るまで、いまのコンピュータアルゴリズムって、大量のデータから「関連性の強いパターン」を見つけるのが得意だ。

でも、その方向の進化だけだと、一見全く関係の無い事象の間に法則を見出すような「発明」ってできないのではないだろうか。

たとえばミツバチのかわりに受粉をさせる技術は何かないか考えていたとする。Googleで「受粉」と検索すると、当然ながら「受粉」と関連性の強いワードが出てくる。「ミツバチ」「授精」「ツツジ」など。

でも、シャボン玉で受粉させる技術をひらめいた研究者は、

「ミツバチ」
「シャボン玉」

という2つのキーワードを入力して、「どちらも粉末状のものを運べる」という共通概念を抽出したのだと思うのだ。

いつかそんな風に、「ミツバチ」と「シャボン玉」というキーワードを入れると、隠れた共通法則を答えて返してくれるようなアルゴリズムができないだろうか。

もしそれが実現できたら、その演算エンジンは、抽象概念から逆に具体例を導くこともできるはずだ。つまり、たとえば「触れるものを傷つけずに粉末状のものを運ぶ」と入力すると、「ミツバチ」や「シャボン玉」やその他の候補を教えてくれる。

人間の脳のすごいところ

ここまで書いていて思ったのだけど、人間の脳って、「情報を捨てる力」があるから、ひらめきや発明ができるのかもしれない。

コンピュータ(今の、という前提だけど)は、情報を捨てるのがヘタだと思う。たとえばこの地球のあらゆる座標のあらゆる角度の映像を動画として保存して機械学習したコンピュータがあるとする。で、そのコンピュータに「触れるものを傷つけずに粉末状のものを運ぶ候補は何か」と問い合わせたとする。答えは「ミツバチ」「シャボン玉」だけでなく、というか、その2つは完全に埋もれて、有機物から無機物までありとあらゆる「動くもの」が候補として出てきそうだ。

でも、人間が同じことを考えると「これは使えそうだけどこれは無理そう」という「当たり」がつく。

この能力ってなんだろうか。

ジャーナリストのマイケル・ルイスは、「ファスト・アンド・スロー」で知られる心理学者ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーとの友情を描いたノンフィクション"The Undoing Project"(邦題「かくて行動経済学は生まれり」)の中で、こんな風に語っている。

人間の想像力とは、どこまでも限りなく飛んでいく翼、ではない。その逆に、論理的には無限のパターンを設定できる現実を「縮小」して、理解できるものに変える能力なのだ。(拙訳)

いまのコンピュータは「関連性が強い」イコール意味がある、という処理をする。それはそれですごい事なのだけど、関連性の強さが情報の価値の全てではないと思うのだ。関連性の低い情報の中から、価値がある(この場合の「価値がある」は、人間にとって課題解決に役立つ、ぐらいの意味で使っている)情報を見つけ出す技術も誰か開発してくれないだろうか。

参考:むかしマイケル・ルイス"The Undoing Project"を紹介した記事