センス・オブ・ワンダーの最新地図 - A New Map of Wonders by Casper Henderson
「アップルパイを作りたいなら、まずは宇宙を創造しないと」(カール・セーガン)
"If you want to make an apple pie, said the astronomer Carl Sagan, you must first invent the universe. "
何かに驚いて感動する。そんな「センス・オブ・ワンダー」を体験することは純粋に楽しい。でもそれだけじゃない。宇宙や自然など、自分以上の何かの存在を感じることは人を謙虚にさせる。本書"A New Map of Wonders: A Journey in Search of Modern Marvels"は、世界ふしぎ発見!のための新しい地図だ。作家・ジャーナリストである著者のCasper Herderson(カスパー・アンダーソン)が、哲学・歴史・宗教・自然科学・テクノロジーを行き来しながら現代の驚異を旅する、人文・自然科学エッセイである。
本書は大きく2つの観点から構成されている。まず、驚異を感じさせる対象について語ること。扱う対象は7つあって、宇宙の根源的な現象のひとつである「光」とは何かから始まって、「生命」「(人間の)心臓」「脳」・・と展開していく。専門家でない人間が科学のビッグ・ピクチャーを語る、という点ではビル・ブライソンの名著「人類が知っていることすべての短い歴史」なんかの系譜に位置付けられる。
そしてもうひとつ、人が何かに驚異を抱くことそれ自体の意義を語る。この観点ではレイチェル・カーソンのエッセイを継いでいる。
- 作者: レイチェル・L.カーソン,Rachel L. Carson,上遠恵子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1996/07/01
- メディア: 単行本
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本書では、"wonder"が何を指していたかの歴史も振り返る。近代以前のwonderは宗教と切り離せないもので、神からの啓示に対する畏怖であった。一方で、たとえば18-19世紀のヨーロッパで見られたロマン主義は個人や民族を華美に賞賛する政治的理想と結びついた。
でも、本来のセンス・オブ・ワンダーは宗教性や政治性と関係ない。自分以上の存在に驚きと畏れを感じることで、人はより寛容で倫理的な存在になる。本書で紹介されている心理学者のPaul PiffとDacher Keltnerの研究によれば、自然に触れる体験をしたグループは、身近な環境にしか触れていないグループに比べて、より非自己中心的となり、他者への共感を示すという。いわゆる「この自然に比べたら、わたしなんてちっぽけな存在だなあ」というベタなやつの、実証研究だ。
だから、センス・オブ・ワンダーとは人間の絶対性に懐疑的になる営みでもある。デカルトは"I think, therefore I am."(我思う、ゆえに我あり) と言った。でも、考えることが何かを記憶したり問題を解くことであるならば、人間だけが"think"しているとは言えないのではないか。脳についての章でカスパー・アンダーソンはそう疑問を呈して、たとえば植物は茎を通じて根に光を当てることで地下を「見て」いるという2016年の研究を紹介する。これも、人間とは違うけど”think”のひとつではないか。
何かを不思議に思って、驚異を感じる。ハテナマーク「?」とビックリマーク「!」のふたつのwonderは、人間が世界を人間としてしか見ていないことを明らかにする。カスパー・アンダーソン著"A New Map of Wonders"は2017年10月に発売された一冊。日本語版の発売予定は不明。
「我々が観察しているのは自然そのものではなく、我々の探究心のあり方を反映した自然なのだ」(ハイゼンベルグ)
"What we observe’, said Werner Heisenberg, ‘is not nature itself, but nature exposed to our method of questioning."
「たいていの絶望とは未熟さのことだ。」(レベッカ・ソルニット)
"Despair is often premature." Rebecca Solnit
- いずれも本書での引用より
A New Map of Wonders: A Journey in Search of Modern Marvels
- 作者: Caspar Henderson
- 出版社/メーカー: Granta Books
- 発売日: 2017/10/26
- メディア: Kindle版
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