未翻訳ブックレビュー

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大人になりずいぶん経つ - 小沢健二『So kakkoii 宇宙』

So kakkoii 宇宙

 

書評じゃない番外記事。発売から既に2ヶ月近く経ったのだけど、小沢健二のアルバム『So kakkoii 宇宙』についての感想。そして、神と宗教と宇宙と超越についての話。

 

目次

 

10年前の僕らは胸をいためてオザケンなんて聴いてた

まずは遠い昔の個人的な思い出話から。2000年代の初頭、当時大学生だった私は友人4人ぐらいと車で遠出をした。道中、何か音楽でもかけようという話になったが、まだスマホも普及していなかった当時の車内BGMの選択肢はCDかラジオぐらいで、そして友人の車内に唯一あったCDが小沢健二の『LIFE』だった。

 

注釈を加えておくと、その時点での小沢健二や「渋谷系」の音楽というのは、なんというか「ひと昔前の流行り」であった。ファッションと同じで、ちょっと前に流行ったものというのは一番ダサい。数週間前にブックオフで500円で買ったという友人のチョイスに、私を含めた同乗者は「あったね、コレ、なつかし〜」と、半ば小馬鹿にするようなリアクションを見せた(車内には音楽好きもそうでもない人間も混じっていたが、たしかレディオヘッドの『KID A』とかをありがたがっていた時代だった)。

 

ところが、アルバムを再生して驚いたのは、全曲の全ての歌詞を、全員が(うろ覚えだけど)口ずさめたことだった。『LIFE』というのはそういうバケモノみたいなアルバムだったのだ(インストを除いた全8曲中、6曲がシングルカットされていた)。結局その日は高速道路に乗ってから降りるまで、大学生が身内ノリで「くだらないことばっかみんな喋りあう」長い時間のBGMとして、延々とアルバムがリピートされた。「たぶんこのまま素敵な日々がずっと続くんだよ」と思っていた同乗者もいたかもしれない。

 

 

けどそんな時はすぎて、

大人になりずいぶん経つ。

 

 

静かに心が離れていったときもあったけれども、人生の中で何度か小沢健二の音楽を聴き直すような機会があって、今では自分にとって小沢健二のことばと音楽は、聖書とか谷川俊太郎とかV.E.フランクルの著作なんかと同じ脳内の棚に格納されている。それらは「人はいかに生きるべきか」についてのことばである。個人的には、歌詞だけを単独で読んでも楽しめる日本のアーティストは小沢健二ぐらいだ。歌唱力が低いとかはどうでもよい。

 

ちなみに、樋口毅宏の2009年のデビュー小説『さらば雑司ヶ谷』では、ストーリーと全く関係なしに「人類史上最高の音楽家は誰か?」という話題で盛り上がるシーンがあり、登場人物のひとりが、ジョン・レノンでもなくマイルス・デイヴィスでもなく小沢健二を推す。論拠のひとつは「タモリが絶賛していたから」である。*1 

 

犬→LIFE→宇宙という歴史修正主義 

そして時は2020。

 

まさか、大げさなホーンとストリングスに彩られた、こんな新作アルバムを聞けると思っていなかった。

 

この『So kakkoii宇宙』は、小沢健二にとって何年ぶり何枚目のアルバムなのだろう。スタジオ・アルバムとしては13年ぶり、ボーカル入り作品としては17年ぶり、というのが正しい情報なのだけど、あえてそれを無視して歴史修正主義者となり、これは「LIFE以来、25年ぶり3枚目のアルバム」なのだと呼んでしまいたい。

 

ディアンジェロが"Brown Sugar""VooDoo"という2枚の名盤を発表した後に十数年の時を経て3枚目のアルバム"Black Messiah"を2014年に発表したように、小沢健二は『犬は吠えるがキャラバンは進む』『LIFE』という2枚の名盤から長い沈黙を経て、遂に3枚目のアルバムを発表したのだ。いや、本当は沈黙してないし、それ以外のシングルやアルバムも最高なのだけど。

 

イエス・キリストの死後に編まれた膨大な文書からどれを聖書とするかを決めたローマ教会のような気分で、この3枚のアルバムが「正典(カノン)」であって、それ以外は「外典」なのだと歴史を捏造したい。

 

宗教とは?

既に聖書で例えたけれど、『So kakkoii宇宙』を聴いて改めて感じたのは、小沢健二が目指しているのは宗教のような音楽なんじゃないかということだ。

 

それは、小沢健二を神のように崇めている人が多いから、という意味ではない。神という言葉が直接的に歌詞に出てくることも多いけれど、それだけが理由でもない。

 

日常的に口ずさめることばを通して、個人を超越した存在を意識させようとしている、という点で、宗教みたいだと思うのだ。

 

まだ分かりにくいと思うので、ちょっと小沢健二を離れて宗教について考えてみる。そもそも宗教とは何だろうか。辞書的な意味をググると、「神または何らかのすぐれて尊く神聖なものに関する信仰。また、その教えやそれに基づく行い。」と出てくる。

 

一般的には前段の「神聖なもの」という要素が宗教のイメージではないか。でも、実は後段の「行い」という要素が重要だと思うのだ。

 

中公新書に中村圭志の「聖書、コーラン、仏典」という本があって、宗教の「原典」に何が書かれているかを解説している。

聖書、コーラン、仏典 - 原典から宗教の本質をさぐる (中公新書)

聖書、コーラン、仏典 - 原典から宗教の本質をさぐる (中公新書)

  • 作者:中村 圭志
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/10/18
  • メディア: 新書
 

 

この本の構成が面白いのは、どの宗教にもポピュラーな「祈り」や「念仏」があると序章で紹介している点だ。キリスト教なら、「天にまします我らの父よ・・」という有名なヤツであり、イスラム教ならコーランの開始の章にある「慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において・・」というヤツであり、仏教の場合は、ひとつではないけれど南無阿弥陀仏や般若心経だったりである。そして同書ではこれらの祈りや題目を「唱えることで体になじませる」ことがどの宗教でも重要だと紹介する。

 

東西いずれの宗教においても、伝統的には祈りないしマントラというのは、純知性的なものではなく、繰り返しを通じて完成に訴え、身体に染み込ませる「行」だったのである

 

さて、小沢健二は近年のライブのMCで「僕はこの街の大衆音楽の一部であることを誇りに思います」と語っていたらしい。*2

 

大衆音楽の一部であることって、つまり、晩御飯のときに敬虔なカトリックが「天にまします我らの父よ」と唱えるように、日常の中で人々が口ずさんで体になじませる存在、という意味なのではないだろうか。

 

「個人のごちゃごちゃしたもの」から離れて

今アルバム発売に際してのインタビューで、彼は次のように語る。

 

(聞き手)「宇宙」という言葉は収録曲の歌詞にも頻出する一つのキーワードになっていますね。

(小沢)ぼくらが旅に出る理由」(『LIFE』収録)という曲で、「遠くから届く宇宙の光 街中でつづいていく暮らし」と歌っているんですけれど、あそこはすごく好きな部分なんです。そこには個人のごちゃごちゃしたものが全然ない。僕がどう思ってるかとか、苦しいとか、あなたが好きだとか、そういうものがない。どこかさめている。そこは歌っていて気持ちいいんですね。そこから来ているのかもしれない。

ーーアエラ2019.11.18号でのインタビューより

 

どう進化した結果なのかは知らないけれど、人間の脳は、神だとか宇宙だとか真理だとか、個人を超越した存在を想像できる。そして多くの宗教では、日常的な「行い」を通じてその存在を意識させる。

 

小沢健二の音楽は、日常の描写からいきなりフワッと遊離して超越的な存在を意識させるようなシーンを何度も表現してきた。それは「今ここにある この暮らしこそが宇宙」と歌う今作でも同じである。

 

そして、「個人のごちゃごちゃしたものが全然ない」という点って、ソーシャルメディア全盛、つまり「個人のごちゃごちゃした部分」に人間が縛り付けられてしまう時代には重要な価値なんじゃないだろうか。

 

小沢健二『So kakkoii宇宙』は2019年11月に発売された作品。「神秘的 でも それは台所の歌とともに 確かな時を遠く照らす」(『神秘的』)音楽として、自分は何度も聴いています。

So Kakkoii Pluriverse

So Kakkoii Pluriverse

  • 小沢健二
  • J-Pop
  • ¥2139

*本文と関係ないけど大好きな動画

 

*1:

「むかし、いいともにオザケンが出たとき、タモリがこう言ったの。『俺、長年歌番組やってるけど、いいと思う歌詞は小沢くんだけなんだよね。あれ凄いよね、〝左へカーブを曲がると、光る海が見えてくる。僕は思う、この瞬間は続くと、いつまでも〟って。俺、人生をあそこまで肯定できないもん』って。あのタモリが言ったんだよ。四半世紀、お昼の生放送の司会を務めて気が狂わない人間が!まともな人ならとっくにノイローゼになっているよ。タモリが狂わないのは、自分にも他人にも何ひとつ期待をしていないから。そんな絶望大王に、『自分にはあそこまで人生を肯定できない』って言わしめたアーティストが他にいる?」 - 樋口毅宏『さらば雑司ヶ谷』(新潮文庫)

*2:小沢健二の新作『So kakkoii 宇宙』は、25年前の『LIFE』を超える最高傑作か?(宇野維正) - Yahoo!ニュース