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未翻訳ブックレビュー

Lost In Bookish Rambles. 日本語版発売を待たずに本を紹介するページです

見えないアメリカをめぐる400年 - White Trash by Nancy Isenberg

White Trash: The 400-Year Untold History of Class in America 

White Trash: The 400-Year Untold History of Class in America
(ホワイト・トラッシュ:アメリカの語られざる階級の400年の歴史)

 

ドナルド・トランプが大統領選挙に勝利した。
このブログでは、人口に占める白人割合の低下を背景とする、共和党の長期的な凋落傾向を予見した本を3月に紹介したりしていた↓

 

選挙前の世論調査でヒラリー優勢と聞いていたこともあり、結果を聞いたときは驚いた。というか、自分が1票を投じた選挙でもこんなに感情を動かされたことはないというぐらい動揺した。

 

動揺した理由はふたつあって、ひとつは、人種差別的な発言をしても大統領選に勝ててしまうという現実を受け容れられなかったから。

 

どう理屈をこねたとしても、差別的な発言をする人物が人気を得たり権力を得るのってやっぱり間違っていると思う。

 

「メキシコ人はレイプ魔」といった発言をする候補を大統領にしてはいけない、以上終わり。発言は本心ではないとか大統領就任後は穏健になるはずとかに関係ない。人種差別って、経済政策が10点で外交政策が8点で・・といった複合的な評価要素のひとつではなく、他で何点取っていてもそれがダメならアウトになる「ノックアウトファクター」なんじゃないのか。ナイーヴかもしれないけれど、今でも個人的にはそう思っている。

 

ただ、それとは別に動揺した理由がもうひとつあって、トランプの勝利によって、自分(=アメリカの外にいる人間のひとり)に見えているアメリカってほんの一部に過ぎないのだなと改めて思い知らされた。

 

トランプの支持層は、漠然と「白人の労働者階級」と括られることが多い。実際は、所得で見るとむしろ高所得層の支持が高いようだけど、アメリカの繁栄から取り残された地方の人々がトランプを支持しているみたいなイメージが共有されていると思う。「ヒルビリー」という言葉も最近広まってきた。

 

でも、彼らについて何を知っているだろう。というか「彼ら」って誰だろう。歴史学者のナンシー・アイゼンバーグによる、その名も「ホワイト・トラッシュ」という本書は、アメリカ人も目を背けてきた白人階級の起源と変遷について詳述する。

記事目次

棄てられた人々の名前の歴史

アメリカの建国は1776年だけれど、本書はイギリスの入植時代から始まる。現代までつながる白人貧困層のルーツがそこにあるからだ。人口が増加したイギリスで余剰になった人々をお払い箱にする送り先として新大陸があった。以来、主に辺境の入植地での労働力として(黒人奴隷とは別に)白人貧困層が形成された。

 

ただし、時代によって呼び名は変わる。本書は彼らがどう呼ばれてきたかに着目して、その変遷をたどる。Waste people(無駄なやつら)、Offscourings(人間のくず)、Clay-eaters(泥食い)、Squatters/Crackers(不法占拠者)、Mudsills(敷土台)、Swamp people(湿地のやつら)、Scalawags(ごろつき)、Degenerates(退化者)、Hillbillies(ヒルビリー/田舎者)、White trash(ホワイト・トラッシュ/白いゴミ)、Rednecks(レッドネック)などなど。

 

これらの多くは純粋に差別的な蔑称である。でも、重要なのは、呼び名だけでなく、時代によってそこに含まれる人々が変わり、そしてネガティブかポジティブのどちらの意味合いで使われるかも変わってきたという点だ。アンドリュー・ジャクソン*1時代のエピソードなども面白かったが、特に現代とのつながりが強いのは1970年代以降の変遷だろうか。

 

「真正な遺産」としてのホワイト・トラッシュ

ホワイト・トラッシュ、レッドネック、ヒルビリー。これらの言葉は曖昧に使われる。民族的なアイデンティティを指すこともあれば人種的な軽蔑に使われることもあり、ハードワーカーへの尊敬としても使われる。

 

本書によれば、レッドネックやホワイト・トラッシュという言葉が、まるで真正な遺産('authentic heritage')であるかのように使われだしたのは1970年代以降だと言う。

 

ジョニー・ラッセルによる1974年のヒット曲
"Rednecks White Socks and Blue Ribbon Beer"

 

White Trash Cooking: 25th Anniversary Edition (Jargon)

White Trash Cooking: 25th Anniversary Edition (Jargon)

 

1986年に出版された南部料理のレシピ集「ホワイト・トラッシュ・クッキング」

 

「カントリー音楽とビールを愛する白人の労働者階級」といったイメージが出来上がったのがこの時代である。ちなみにニクソンが「サイレント・マジョリティ」という言葉をスピーチで使ったのが1969年。

 

ただし、この時点で既に「労働者階級」として中流層と最下層の貧困層が混同して使われていたようだ。ニクソンが福祉政策を実施しようとしたところ、「怠け者の最下層の奴らをハードワーキングしている俺たちが救う必要はない」という非難が中流層から挙がった。

 

そして、この頃から「ホワイト・トラッシュ」は擁護の対象とバッシング対象のどちらにも使われるようになった。勤勉で愛すべき中流層として擁護され、怠惰で放置すべき貧困層として非難される。

 

あとは現代まで、彼らをどの範囲の人々と定義してどう支持を得るかの政治的な試行錯誤が続く。

 

あの大統領はヒルビリーだった?

“You just have to stand back and admire the sheer American dream arc of this hopelessly hillbilly kid.”

(希望なきこのヒルビリー・キッドによる、混じりけのないアメリカン・ドリームの物語を、黙って見守り讃えようではないか)

 

これは本書で紹介されている、NYタイムズの記事の一節である。賛辞を受けているのは、1992年当時のビル・クリントン大統領だ。

 

今ではすっかりヒラリーともどもエスタブリッシュメントの象徴のようになったクリントンだけど、彼は南部アーカンソー州の貧しい家の出身である。アーカンソー州は1992年当時で一人あたりの所得が全米で47位。クリントンの父親は家庭内暴力を繰り返す男だった。ビル・クリントンは奨学金で大学に通い、何のコネもないところから大統領にまで上り詰めたのだ。

 

とはいえ、彼はアパラチアの山奥に住む「ヒルビリー」でもなければ肉体労働をする「レッドネック」でもなかった。それでも民主党大会のスピーチでは「自分の中にBubba(南部でのbrotherの言い方のひとつ)がいる」と出自をアピールした。2016年の現在では想像がつきにくいけれど、白人の低所得〜中所得層の支持を得ようとしたのは共和党だけではなかったのだ。なお、人口動態の変化もあり、近年の民主党は白人以外の人種へアピールする大統領選の戦い方にシフトしていると思われる。

 

ドナルド・トランプ大統領という結実

さて、本書が執筆されたのは2016年の大統領選挙前である。けれど、読んでいるとやはりドナルド・トランプのことを考えてしまう。

 

イギリス植民時代から始まる本書の最終章は、ホワイト・トラッシュ層の支持を取り込もうとする近年の共和党の動きを紹介するあたりで終わる。サラ・ペイリンなどが中心人物である。

 

マーケッターであるドナルド・トランプは、近年の共和党が築いた土台や、さらには長年にわたり蓄積された「階級社会」アメリカの怒りに乗っかっただけなのかもしれない(ただし、もう一度書いておくとトランプの支持層は高所得層にも多い)。

 

エクストリームなものが受け入れられるとき、その下地はずっと前から醸成されている。丹念に育てられた怒りと憎悪が、2016年にトランプ大統領の誕生として実を結んだ。

 

でも、ホワイト・トラッシュ層の怒りを組織化しようとする長年の努力の「果実」を、共和党員でもなんでもなかった実業家にかっさらわれてしまうなんて、共和党の人も計算外だったはずだ。種を蒔き苗を育てた人が、実を食べる人と同じとは限らない。

 

"They are not who we are." But they are who we are and have been a fundamental part of our history, whether we like it or not.

(「彼らは私たちじゃない。」いや、彼らは私たちであり、望むかどうかにかかわらず、私たちの歴史に欠かせない部分であり続けてきたのだ。)

- 本書のエピローグより

 

ナンシー・アイゼンバーグ著「ホワイト・トラッシュ」は2016年6月に発売された一冊。日本語版の発売予定は不明。 

White Trash: The 400-Year Untold History of Class in America

White Trash: The 400-Year Untold History of Class in America

 

 

 

*1:独立13州以外の、西武開拓州出身の最初の大統領。任期は1829-1837。本書によれば、その時代は南西部の人口の3割以上が不動産を持たずSquatters/Crackers(不法占拠者)として他人の土地に住み込んでいたらしい。ジャクソンは彼らから人気が高かった