Jeanette Walls - The Glass Castle
ニューヨークで芸能系ニュースの記者・編集者として働くジャネット・ウォールズは、ある女性がゴミ箱を漁っているのを見つける。それは彼女の母親だった・・
両親との思い出と葛藤を綴った自伝的ノンフィクションを入り口に、何かから「逃げてもよいとき」についてこの記事では考えてみる。
目次
ガラスの城
本書"The Glass Castle"は2005年に発売されて全世界で400万部以上を売り上げて30以上の言語に翻訳されている。2017年に映画が米国で公開されたため存在を知った。
*ホームレスになった母との会話のシーン
「私を恥じる必要ないわ。あなたと違うライフスタイルを選んだだけだから」
「ニューヨークでホームレスになることはライフスタイルに入らないわ」
どうやら映画は興行的にも批評的にも振るわなかったようだけど、原作は面白かった。ジャネットの両親はいわゆる「毒親」と呼ばれても仕方がない人たちだ。ただし、子どもを虐待したりするわけではない。単に自由奔放で、育児の義務に興味がない。「人生が信じられないほど楽しい長い冒険であるかのように」(pretend our life was one long and incredibly fun adventure)振る舞いながら、一家は引越や夜逃げを繰り返す。電気料金に追われ、借金取りに追われ、(父の主張によれば)FBIに追われて。ひどく酒癖が悪い父は定職にはつかなかったが工学と数学の才能を持ち、ひとつの夢を語っていた。それは、ガラスでできた城を砂漠に築いて一家で暮らすこと。でも、実際に彼らが暮らした家はネズミの出るボロ部屋だった。
ジャネットは学校でイジメも受けた。辛い体験も数多く本書には描かれている。それでも彼女は自分の過去と適度な距離を置いて向き合っている。
なぜそれができたか。彼女が、自分の親から一度「逃げた」からこそではないだろうか。
能町みね子、「今年の漢字」に「逃」を推薦
ここで本書から脱線していくけれど、昨年(2016)の末に能町みね子がラジオで「今年の漢字」として「逃」を推薦していた。
(能町みね子)新しい地図の3人がいよいよ始動しますよという時、ネット上にあがった動画があるんですけど。そのPVみたいな動画のいちばん最初のメッセージが「逃げよう」から始まるんですよ。
<中略>
(能町みね子)「逃げる」っていうのがポジティブにとらえられている年だったと思うんですよね。なので今年はぜひ、私は「逃」でお願いしたいんですけども……
「逃げる」をポジティブな意味でとらえる。この知恵って大事だ。なぜなら、世の中には自分には責任がないのに自分が原因となっている問題があるから。
責任はないけど問題の一部
あちこちで絶賛されていてこのブログでも昨年のベスト本のひとつに挙げた読書猿「問題解決大全」では、問題解決の手法をリニア(直線的)な問題解決とサーキュラー(円環的)な問題解決の2つに大別している。

問題解決大全――ビジネスや人生のハードルを乗り越える37のツール
- 作者: 読書猿
- 出版社/メーカー: フォレスト出版
- 発売日: 2017/11/19
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同書で紹介されている個別の問題解決手法はどれも具体的で有用性が高いのだけど、自分は、この「サーキュラー(円環的)な問題解決」という区分の仕方にまず感動した。
いわく、リニアな問題解決では問題解決者は問題の外に位置する。因果関係を直線的にたどって究極要因を除去すれば問題は解決する。でも、サーキュラーな問題では、問題解決者も問題を構成する一部として組み込まれている(巻き込まれている)。この場合には、結果が原因にまた影響を与えるので、因果関係をたどってもぐるぐるとループしてしまう。
毒親、いじめ、長時間労働。当事者(被害者)にとって、こうした問題は本人が問題に組み込まれてしまっている。因果の起点は加害者側でも、被害者の存在が原因となってさらに問題を助長する。毒親に逆らわない、いじめに逆らわない、長時間労働を受け入れる、その不作為が原因となってさらに問題が強化される。
でも、たとえ被害者の存在が問題の原因になっていても、問題への責任は一切ない。たとえば「いじめられる側も悪い」といった言い方は、この原因と責任の分離を無視している。職場で起こる問題で誰かを個人攻撃するのも同じ。
責任がないのに、自分が問題の一部になってしまっている。こういう状況のとき、逃げるは恥でなく役にも立つ。
"I should move to New York City right now"
The Glass Castleのジャネット・ウォールズは高校生のときに家を出た。もともとは大学に入学するタイミングで地元を離れてNYの大学に入ろうとしていたが、高校の教師に相談をしたところ、地元に残って地元の大学に行くべきだと反対される。当時の米国では、地元(in-state)の高校に通っていた学生が入学で優遇され学費も安かったからだ。それを聞いて彼女は次のように考えて前倒しで行動する(個人的にこのエッセイで一番好きなシーン)。
"I thought about this for a minute. Maybe I should move to New York City right now and graduate from high school there. Then I'd be considered in-state.'
(私は少し考えた。おそらく、私は今すぐにニューヨークへ移り住んで、そこの高校を卒業するべきなのだ。そうすれば私はニューヨークが地元だと見なされる。)
そこからの紆余曲折は本に書かれているけれど、彼女はこうやって一度「逃げた」からこそ自分の過去とも向き合えたんじゃないだろうか。ちなみに、ジャネット・ウォールズと母親のローズマリーは(2013年時点の情報では)同じ家に暮らしている。
How Jeannette Walls Spins Good Stories Out of Bad Memories - The New York Times
なお、本書The Glass Castleは日本語版「ガラスの城の子どもたち」も出ているが既に絶版となっているみたいだ。映画が日本公開されたら、原作も復刊されるのかもしれない。

The Glass Castle (English Edition)
- 作者: Jeannette Walls
- 出版社/メーカー: Virago
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